とりあえず付き合って

くれは

 * 

「とりあえずで良いから、付き合ってくれませんか?」


 それは、わたしが生まれて初めてされた、告白だった。




 話があるからと呼び出された校舎裏。

 相手はクラスの男子。正直、今まであまり話したことはないし、よく知らない男子だ。

 それはもちろん、顔と名前は知ってるけど。


 わたしはそんなに男子と親しく話す方じゃない。

 それは相手の男子だってそうで。


 クラスの中心になっている、いわゆる陽キャが集まった男女入り乱れたグループとは別の、物静かで目立たない方のグループにそれぞれいて、それぞれ穏やかな日常を送っている。

 そんな認識だった。


 だから呼び出された時に友達に「告白だったらどうする?」なんて言われたときだって、あんまりぴんとこなくって。

 曖昧に笑って「えー、どうしたら良いんだろう」って、誤魔化した……というか、ほとんど本音だったんだけど、あれは。


 そんな状況で、その男子はわたしを前に緊張した面持ちで言ったのだ。


「とりあえずで良いから、付き合ってくれませんか?」


 好きです、もなかった。


 それに「とりあえず」なんて。なんだかちょっと……間に合わせみたいじゃないだろうか。

 それともひょっとして何かのイタズラだったりして。

 そう考えると、送り出してくれた友達の妙なニヤニヤ笑いまで疑いたくなってしまう。この状況、ひょっとして面白がられてるのかな。


「あっ」


 わたしが何も言わないでいると、男子はそう声をあげて、慌てたように骨ばった大きな手で口元を覆った。


「やば、間違えた、順番! あの、えっと、好きです!」

「……本当に?」


 好きです、と男子に言われるのは生まれて初めてのことだった。

 それでも出てきたのは疑うような言葉で、あまりどきどきもしてない。


 どうやらわたしは、さっきの「とりあえず」で冷静になってしまったらしい。

 そんなわたしとは違って、どうやら目の前の男子は慌てている。わたしにはそう見える。


 口元を大きな手で覆ったまま、耳を赤くして気まずそうに目をそらした。


「あの、好きって言うのは本当……です」

「でもわたし、あなたのことよく知らないし。あなただって、わたしのこと、あんまり知らないんじゃない?」


 男子は一層赤くなって目を伏せる。


「それでも……好き、なんだ。気になって仕方なくて……それで『よく知らないから』って断られたら『とりあえず付き合ってお互い知るところから始めよう』って粘れって言われて」

「ああ、それで『とりあえず』」

「はい……です……」


 その男子はうつむいて、その長めの前髪の間からわたしをちらと見た。その視線に、少しだけどきりとした。


「それで、あの……返事は……」


 わたしは目の前の男子を眺めて、考える。

 恋愛的な好きとか、今まで考えたことがなかった。

 それに付き合うって言っても、何をして良いかわからない。


 わたしが黙っていたら、男子の大きな手が、目元を覆う。


「失敗した……やらかした……」


 小さな呟きは、でも全部聞こえてしまって、わたしは申し訳ないと思いながらもちょっと笑ってしまった。

 耳を赤くしてそうやって落ち込んでいる姿が、なんだかちょっと可愛く見えたから。


「わたし、あなたのこと本当に何も知らないし、好きになれるかもわからないけど……それでも大丈夫?」

「も、もちろん! 大丈夫!」


 わたしの言葉に、勢いよく顔が持ち上がる。その顔はやっぱり耳まで赤くて、必死な顔をしていて。

 なんだかそれが移ったのか、わたしまで頬が熱くなってしまって。


 今更になって、告白されたんだって……胸がどきどきしてきてしまって。

 今度はわたしが視線を泳がせてしまった。


「で、でも……『付き合う』って何するの?」

「えっ……と、それは……」


 男子の声。わたしとは違う、低い声。

 急に意識してしまう。


 手の大きさ。制服の袖から見える手首の骨。ひらったい肩と胸。首筋と喉ぼとけ。


「とりあえず、一緒に帰る……とか」

「とりあえず……わかった」


 そうしてわたしたちは、とりあえずお付き合いすることになったのだった。

 とりあえずがいつまで続くのかは、自分でもよくわからないまま。




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