第4話 目覚め


「......あれ?」


露が首を傾げた。ステータスオープンと口にしたにも関わらずウィンドウが現れない。これって、もしかして唱えて出る感じじゃないのか?


(出ないな、ステータス画面)


(ね。なんでだろ......ステータスオープン!)


(念じても駄目か。視界端にも何もないし)


(んーこれ異世界じゃない?)


(いや魔物がいたし少なくとも俺らが元いた世界とは異なるだろ。異世界だ)


(じゃあなんでステータスでないんだろ)


(いや、そもそも都合良くステータスみれるのがおかしいのかもしれんぞ。本来こういうものなのかもしれん)


チートとまではいかずとも、便利なスキルを期待していただけにちょっとがっくりきてしまったが、それがそもそも間違いなのかもしれないな。


(はい、下の階到着ー!)


(でもこれは行けないな。通路が瓦礫で潰れている)


(残念。じゃ、もう一つ下へゴー!)


ステンドグラスのぼんやりとした光に照らされ、更に下へと進む。階段の素材が鉄のような物でできているにも関わらず足音が全然しないことに露の音を殺す技術の高さを再認識する。


もしも俺一人だったら、あっという間に死んでただろうな。


思えば異世界に来る前も色んな事で露には助けられていた。技術的な事じゃなく、精神面でも。こいつが居たから俺は一人でも楽しかったし、辛いことも悲しいことも紛らわせられた。長い引き籠もり生活で気が狂いそうになっていた俺に神様が与えてくれた彼女。それだけが、人生を呪うとしかしなかったそれまでの俺に与えられた唯一の幸運だったといえる。


(はい、とーちゃく!)


(!)


そのフロアには白い煙の塊がいくつも漂っていた。ふらふらとそこらを行ったり来たりしている。


(これ、魔物か......?)


(魔力的なのは感じないけど)


(避けて歩いた方がいいかもな)


(うん)


白い煙を避けながら奥へと進む。左右に行ける通路は途中から何かが山のように置かれていて先へ進めなさそうだったので、奥に見えている大きな扉を目指し歩く。


その扉へと繋がる通路に他に部屋は無く一本道だった。


(......調理器具)


(ん?なに、静?)


(そこらに散乱してる中に調理器具がある)


(ホントだね。なんか食品のゴミみたいなのも落ちてるし)


(多分、この奥の部屋って調理場なんじゃないか?喜べ、飯が食えるぞ!)


(......調理場か。でもさ、静、この先魔物いるかも)


(マジか)


(魔力の気配がする。あとすごい血の臭いが濃いよ。どうしよう、戻る?)


せっかく食えるものがあると思ったのに。けれど死んでは元も子もない。


(他のエリアを探索してる内に魔物がいなくなるかもしれない。他行こうか)


(わかった)


血の臭い。なんの血の臭いだ?ふと足元にあるものが目に入る。それは骨だった。おそらく鼠か何かが齧ったあとなのだろう。わずかに残っている肉片はドロドロとしていて、腐敗していた。


(もしかして、あの山になってるものって......)


(人の遺体かもな。とりあえず魔物がいるならこのフロアからでよう)


(うん)


漂う白い塊をよけ露が歩いていく。すると彼女は階段手前でピタリと止まった。


(どうした?)


(......だれかいる)


(え)


露の指をさしたその先には、小さな子供が座り込んでいた。通路の脇にある椅子の下にうずくまるように両膝を抱えている。


(どうしようか、静)


(......明らかに人ではないよな)


(魔力は感じないけど)


魔力は無い......が、こんなところに子供が一人でいられるはずはない。


(もしかして拐われたのかもな)


(!、もしかして、私たちと同じってこと?)


(ああ。もしもそうなら保護しないと。ここは危なすぎる)


(わかった)


(あ、それと)


(?)


(見た目は子供だが、魔物の可能性がある。気を付けてな)


(魔力なさそうだけどなぁ)


(魔力を隠せる魔物だっているかもしれないだろ)


(あ、そっか。さっすが静だね、頭いい)


(とにかく警戒してくれよ)


(はーい!)


露は子供へと近づいていく。通路にはさっき発見したような無数の骨と、蛆虫が散乱していて腐臭を放っていた。


顔を引きつらせながらも、なるべく何もない踏み場を歩き進む。すると座り込んでいる子供のもとへと近づいていくと同時に気がついた事がある。


(......鎖が)


子供の体には赤く光る鎖が巻かれ、身動きのとれないようになっていたのだ。


(誰がこんな)


(静、この鎖から魔力の気配を感じる)


(魔力が込められた鎖......?)


(ここに縛り付けられてるんだよ)


(なんでこんな小さな子が)


まだ小学生くらいの小さな男の子。白い頭髪。衣服はボロボロで黒く汚れている。


露が鎖を引っ張ってみる。だがやはりびくともしない。多少でも緩まれば隙間から解放できるかと思ったが、難しそうだった。


(ダメくさいねえ。揺らしても起きないし、無理か。残念)


そう言って露は子供に背を向ける。


(いや、待ってくれ!もう少しだけ調べさせてくれ、露)


(え、でも魔物が調理場から出てきたらヤバいっしょ)


(それはそうだけど、見捨てられないだろ)


(......うーん)


確かに露の判断は正しい。俺たちはこの子に構っていられる状況ではない事は明白だ。けれど、俺には見捨てられない。


(主導権くれ。すぐにすませるから)


(......わかった。でも危なくなったら無理やり主導権もらうからね)


(ありがとう)


数時間ぶりに肉体の主導権を得る。さっそく子供の鎖を調べようと手を伸ばしたその時。




――ガチャリ、ギギ......。




と、調理場の扉が開いたような音がした。さらには「ゲッゲッゲ」といかにも魔物らしい声がし、会話のように聞こえるそれから奴らが複数いる事が伺えた。




まずい。このままだとおそらく見つかる。この子供を拘束しているのは十中八九奴ら魔物だろう。そしてここまで厳重にされているところからみても奴らにとって重要な人間に違いない。ならば高確率で確認に立ち寄るはず。


(静、来たよ.....!)


(すまん、交代だ露!)


と、その瞬間。パリィーンと鎖が砕けた。


(な!?)


「グゲゲッ!?」「ギギャギ!!」「ぐぐゲゲ」


鎖が砕けた音を聞いたのか、奴らは声を上げ物凄い勢いでこちらへ駆けてくる。ステンドグラスからの暗い光に照らされ奴らの姿が見え始めた。あれはさっきベッドの下でやり過ごしたゴブリンだ。


手には鉈を持ち、それを引きずりながら走ってくる。物凄いスピードだ。多分、機動性を重視して鉈だけを持っているんだろう。身に纏う鎧は無く、服すら邪魔なのか着ていない。


あっという間に俺を斬れる間合いへと入ってきた。




だが、鎖が砕けた直後、俺は既に肉体の主導権を露へと渡していた。


露は一番前にいたゴブリンへと体当たりする。そいつは鉈を振りかぶっていた事もあり重心が簡単に崩れ、後方へ尻餅をつく。露は倒れたゴブリンの胸部に思いきり踵を落とし、胸骨を砕いてみせた。


「ギャアアア!!」


ゴブリンの悲痛な叫びが響く。


襲ってきたゴブリンの大きさは意外と小さく、囚われていた子供と同じくらいの小柄な体格だった。なので前体重をかけた踏みつけるような踵落としで行動不能になるほどの重症へ追いやることは容易かった。鎧も着てないし。


(叫ばれた!!仲間がくるかもすぐに他の二匹も――)


と、俺が露にいうまえに彼女は右手に居たゴブリンの鉈を華麗に躱し、頭を掴みそのまま階段下へ落とした。


そこを狙ってきた残りの一匹は途中で止まり、鉈を構えたまま対峙した。こちらの様子を伺っているようにも見える。が、しかし露は物凄い勢いで距離を詰めた。慌てて攻撃に移るゴブリン。だが、苦し紛れにだした一撃は当たるずもなく体勢を低くした露の遥か上の空を斬った。そして伸び切ったその鉈を持っていた腕を掴んだ露は回転するように腕を捻り折った。


「ギャアアアッ!!?」


手放した鉈をそのまま拾い上げ、ゴブリンの首に振り落とし悲鳴が消えた。


「......ふう」


す、すげえ。これが熊を一人で倒した女。


すたすたと何事もなかったかのように下へ落としたゴブリンの確認をする。


(んー、暗くてよく見えないけど......多分死んだでしょ)


(応援は?)


(多分ないね。他にゴブリンの声も聞こえないし)


(あっちの最初に倒したやつはトドメ刺さないのか?)


(あれは感触的に心臓潰れてるから死んでるよ)


(マジでか)


近付いてみてみると口から大量の血を噴き出して絶命していた。


(すまん、露。危険な目に合わせた)


(え?別にいいよ。武器手に入ったし結果オーライってやつだよ!)


鉈を見せてくる露。


(まあ、ちょっと重いけど。できればダガーとか短剣的なのが良いんだけどね)


(後で探してみるか)


(うん!)


(てか、もしかして楽しかった?)


(そりゃ勿論。知ってるでしょ、私がジャンキーなの)


(まあそうだけど......相手魔物だぞ)


(だから良んじゃん!スリル半端ないしね)


(そ、そっか)


(でもやっぱり人とは違うね。動きが素早くて、多分普通の人なら最初の一匹に殺されてるよ)


(そりゃ魔物だからな)


俺はぶっちゃけ殺し合いで露に勝てる人間は殆ど存在しないと思っている。高い戦闘スキル、思考の瞬発力、状況判断能力全が人のそれを遥かに上回っている。


だからこそそれ以上の魔物と戦えるのが楽しいのかな。


でも骸骨とはやらせたくねえけど。あれはおそらく魔物の中でも別格だと思う。


「おい、お前ら」


遠くから子供の声がした。


「あ、起きたみたいだよ静」


(お、ホントだ)


子供は怪我もなにもないようで、立ち上がりこちらへ歩いてくる。そしてこちらを見上げ、こう言った。


「お前ら何してくれてんじゃ!せっかく寝てたのに起こすなよ!」


「え?」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る