第3話 何者か
ベッドの下に身を潜め、息を殺す。俺が今まで生きていたなかで最もスリリングで吐きそうなかくれんぼが始まった。みつかれば勿論、死。この身動きのとれないベッド下からでは攻撃を受ければ反撃の間もなくあの世行きだろう。
扉を開けた招かれざる客は足を見るに三人。くらくてはっきりとは見えないが、ペタペタという足音からして裸足っぽい。
あちらこちらと部屋を徘徊している。
(静、これやばくない?)
(ヤバいかもな。何かをとりにきたわけじゃなさそうだし)
(だよね?私たちの事勘づいてるくさい)
と、その時。目の前の床に奴らの一人が手をついた。俺と露は思わず息を止めた。瞬間、ぬっと現れたのは鬼のような顔。暗い部屋とはいえこの至近距離でははっきりと確認できた。
鼻が大きく牙があり、耳が長い。そして、肌が真っ黒。一瞬でわかった。こいつがゲームでよくみるゴブリンという魔物だと言うことに。
手には鉈を持っており、明らかに侵入者を殺す気で探していたことが伺えた。
(あ、死んだ)
そう、死んだ。鉈でまず一撃顔面を割られる。そしてベッド下から引きずり出され切り刻まれる。それか最悪奴らに捕らえられ奴隷や家畜のように扱われるか。いずれにせよ碌な目にあわないだろう。
(......?)
しかしふとおかしなことに気がつく。いつまでたってもその攻撃がとんでこない。それどころか俺たちを見つけたはずのゴブリンは立ち上がり、まるで何もいなかったかのように仲間と共に部屋から出ていった。
(え、どゆこと?)
(俺が聞きたいんだが......)
(明らかに発見されたよね?それどころか目があってた)
(だな。もしや友好的なのか?)
(いやいや、殺気あったし)
(すまん、冗談だ。あれは殺す気でさがしてた)
(......じゃあなんでだろ)
(まるで見えてないみたいな反応だったな。まあ、考えてても仕方ない。あいつらはまだ側にいそうか?)
(ううん。私たちが入ってきた穴から出ていったんじゃないかな?気配はないよ)
(そうか。それじゃ今のうちに他の部屋を調べよう)
(了解〜)
ベッド下から這い出す。やはり全然掃除をしていないらしく蜘蛛の糸が衣服にべっとりとついていてちょっと気持ち悪かった。
(それじゃ階段手前の通路を右に行ってみよっか)
(ああ、頼む)
右手に曲がるとまた更に部屋が四つあった。どれも扉が開けっ放しで全て寝室。ぱっと見調べても意味の無さそうな部屋ばかりだった。
(あのさ、静......暗くて気がついてないみたいだから言っておくけど、どこもかしこも血の海だよこの城の中)
(え?)
(乾いてはいるけど、多分それもあって臭いが凄いんだと思う......寝室に遺体は無いけど、シーツも床も壁も血だらけ)
(マジでか)
じゃあやっぱりこの城は何者かの奇襲を受け陥落したって事か。お宝目当てだったか、それとも王や城の人間の殺害が目的だったのか。城に誰も居ないことを考えるとそのどちらかが目的としては濃厚だろう。
そこにあの魔物達が住み着いた.......そんな感じか。
床に落ちている放置された割れた花瓶や枯れた花、走る鼠と部屋の埃。それら全ての状態が大きく時が経過していることを裏付けていた。
(あ、トイレ発見)
(しておくか)
(じゃ、交代ね)
(え?)
(えっ?って、なんで?)
(いやまって、女の体でトイレとかしたことない)
(大丈夫だよ、できるよ)
(いや無理無理)
(無理無理じゃないってば。てかあれでしょ?女の体だから恥ずかしいってだけでしょ?)
(まあ、それもあるけど)
(いっつもえっちな動画みたりしてるのに何を今更)
(は、は!?見てないし!)
(あー、はいはい。私、知ってるんだからね。私が寝てる時にそういうの見てたの)
(......すみません)
(別に謝って欲しくないんだけど)
(いやだって怒ってる)
(それは嘘ついて誤魔化したからでしょ)
(いやそれはさー、誰だって誤魔化すって。恥ずかしいでしょ)
(私、別に嫌だって言ってないじゃん)
(いやだから恥ずかしいって話をして)
そこでふと我に返った。いやなんの話をしてるんだよ、と。間違いなく今はそんな話をしている場合じゃねえ。さっさと済まさないと、トイレで追い詰められたら洒落にならん。仕方ねえ。
(.......わかった。すまん、俺がさせていただきます)
(ふん、わかれば良いんだよ)
そう言って露がトイレへと入っていく。
(あ、あれ?トイレは俺が)
(いいよ、私がする。その代わりちゃんと感覚閉じて切り離して。してるとこ見ないでよ)
(あ、うん。そりゃ勿論)
(音も聞かないでよ)
(わかってるよ。ありがとう)
そんな訳でトイレという重要な役目をおってくれた彼女だが、奥に入っていき目の当たりにしたそのトイレの形状に青ざめていた。
予想はしていたが、水洗式のトイレなわけがなくどちらかというと和式便所だった。いやそれよりも簡素な作りで端的に言えばただの丸い穴。そこに用を足すといった感じである。
(や、やっぱり俺がしようか?)
(......だ、大丈夫......任せてよ)
いつもは気丈で明るく能天気な露。どんな窮地に陥ったとしても持ち前のパッションでくぐり抜けてきた強い彼女だが、さすがにこれには腰が引けているようで、笑顔が引きつっていた。
何かに使えるかもと一応持ち歩いていた羊皮紙が早速役に立ち、無事にトイレイベントが終わる。もしあそこで羊皮紙を入手していなければと思うとゾッとする。まあ、本来そういう使い道ではないが。
(下の階おりよっか)
(うん、行こう。ってかマジで疲れてないか、露)
(大丈夫だよ。てか、この暗闇で静は歩けないでしょ)
(それはそうだけど......そういや灯りが欲しいな。あ、最初の部屋にあったランタンもってくれば良かったな)
(灯りなんてつけたら魔物にバレちゃうでしょ)
(あ、そっか)
そんな会話をしながら階段にさしかかり、俺と露が驚く。長い螺旋階段。そこから下をみる限り最低でも五階層はありそうにみえる。さらに上にも階段は伸びており、一番上の方は岩で押しつぶされていた。これでよく階段落ちないな。
と、まあ螺旋階段もすごいにはすごいが二人の目を奪ったのはその向こうにあった。それは巨大なステンドグラスで出来た壁である。淡く青色に光っている巨大な硝子が遥か上の天井から下まで全面美しい壁となっている。なんとも幻想的な光景なんだろうか。露もその光に見惚れていた。
(めちゃくちゃ綺麗だな)
(うん、すごい......それにこれ、多分これただの硝子じゃないよ)
(そうなのか?)
(うん)
何かを考え込んでいるような露。俺はステンドグラスをさらに観察する。すると淡い光が波になっていることに気がついた。まるで川の流れのようにゆっくりと下へ下へと降りていっている。
(あ、そっか)
露が何かに気がついたようだった。
(どうした?)
(このステンドグラスの光が何かに似てると思ったんだよね。それがいま何かわかった)
(へえ、そうなんだ。それで何に似てたんだ?)
(さっきのゴブリン!)
(......え?)
(それと私を殺した骸骨も同じ気配がしたんだよね)
(ゴブリン、骸骨、魔獣の気配ってことか?)
(そうそう。それってつまりさ、魔力って事じゃない?多分、この淡い光は魔力なんだよ!)
(......なるほど、魔力か)
まあこんな世界なら魔力だってありそうなもんだよな。てか、ゴブリンは良いとしてあの骸骨は骨だけで動けてるあたり魔力を使っていても不思議は無い。このステンドグラスは魔力を蓄積する水晶の壁?
(あ、そーだ)
(ん?どうした)
(私らってこれたぶん異世界転生か転移してるよね)
(まあ、だな。信じ難い事に)
(だったらステータスとかみれんじゃない!?)
(あ、確かに......食糧とかの事で頭がいっぱいだった。ステータス確認は異世界ものの基本だよな)
(ね。よし、じゃあいくよ!)
これでステータス画面が出れば異世界確定。さらにスキルなんかもあればやれることも増える。頼む、有能スキルをくれ!
「ステータスオープン!」
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