トリの話

尾八原ジュージ

トリの話

 そりゃアンタ、この辺の居酒屋へ行って「とりあえずビール」なんて頼んでみなさいよ。ビールと一緒になんだかよくわからんピンクの生肉が出てきて、お好みで塩ふってお召し上がりくださいなんて言われっちまうんだから。

 そう、それトリ肉なのよ。鶏とか鶉とかそういうもんじゃないのよ、トリ。知らない? その辺の名産でねぇ、繁華街からちょっと離れたら、あちこちに培養小屋があるよ。まぁなかなか中は見せちゃもらえないね。生きたトリにはなかなか会えないもんよ。

 まぁでも見た目はなかなか可愛いもんだよ。いやね、実は俺も昔培養やってたんだけど、八畳くらいの小屋でどんどこ増えるんだわ。このくらいの、こう、バレーボールくらいの茶色くて丸っこいやつがさぁ、小屋の中をバサバサ、バサバサって飛び回ったり駆けまわったり……長年やってる培養家なんかそいつら捕まえるのが上手いもんでね、その辺のをパッととってギュウッと絞めちゃう。そ、すぐ絞めちゃうに限るよ。トリはとりあえず絞めちまえって、この辺じゃよく言うんだから。だから、生きてるやつにはなかなかお目にかかれないねぇ。

 まぁ育てやすい部類かな。とりあえず餌を与えてトイレだけキレイにしといてやりゃあ、どんどん育つもんね。ただ餌を切らさないようにせにゃならんけど……そういやこいつがドングリをよく食うってんで、秋になると近くの公園だの山だの、子供がうじゃうじゃやってきて必死でドングリを拾ってたわけ。培養家なんかに売るんだね。ところがあんまり取り過ぎちゃったから山の動物の分がなくなって、サルだのシカだのクマだのが町まで下ってくるようになっちゃった。だから、今じゃ勝手にそこらのドングリを拾ったらいかんという条例ができて――まぁでも野生のトリを獲りたきゃドングリだわね。トリ獲りなんか、自分ちでドングリを育てたりするからね。

 トリ獲りったらそりゃ、トリを専門に獲る猟師のことよ。この人らがいなきゃ培養もままならんからね。こんくらいのでっかい箱みたいなやつに湿ったドングリと、何でもいいからし――おっといけない、これは他所の人には聞かせちゃいけないんだった。

 はぁ、あんたトリ獲りとなんかあったの? たまたま山の中で出くわして? 手に持ってたトリと目があって、気の毒になって? へぇ、それで金払って譲ってもらったんかい。アンタ駄目だよ、何食うかもわかんないような生き物を、とりあえず可愛いからってんで飼ったりしちゃ。で、どうしたのよそれ。餌がない? 調べてもわからなかった? そりゃねぇ、外の人には教えちゃいかんってことになってるもの。ちょっとググったって出てきやしないよ。培養するならともかく、飼えないってんなら絞めなきゃあ。

 なんたってあいつ、腹減ると空気吸ってどんどんでかくなるからね、家中大変なことに……ああ、なってるのか。もうなってるね。あっちから巨大なアドバルーンみたいなものが飛んでくるもんね。困ったねぇ、今の時期ドングリなんか落ちてないのに。だからし――ああいや、内緒だった。いやどうしたもんかね。とりあえず警察か消防か呼ばないと、もうあんなに大きくなって。困ったねぇ、電信柱をへし折ってるよ。だからトリに会ったらとりあえず絞めちまえっていうのに。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

トリの話 尾八原ジュージ @zi-yon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ