【KAC20246】春、とりあえず殺人
八月 猫
春、とりあえず殺人
マンションの六階。開け放たれた窓から入ってくる風は暖かく、春の訪れを感じさせる柔らかさがある。
ベランダに出て空を見上げると雲一つない晴天。桜も咲きだしたらしいし、そろそろ花見の予定でも立てないといけないな。
かといって結婚して家庭があるわけでもなく、別に会社の同僚もそれ程親しいという事も無い。花見に誘うとしても学生時代からの腐れ縁の友人くらいのもんだ。
「なあ、今年も花見に行くか」
部屋の中に向かって、その腐れ縁の一人に訪ねる。
「……………」
だがそいつは俺の言葉に答えることはなかった。
相撲取りのような体形の友人は仰向けに床に倒れ、パンパンの白のシャツの腹部にはナイフが突き刺さり、その周囲が血で赤く染まっている。目は閉じているが口は半開き。まだ僅かに呼吸はしているようで、ナイフの刺さったままの腹がゆっくりと上下していた。
どうやら今年の花見の人数は一人少なくなりそうだった。
さてどうするか。
俺は倒れた元友人の前に胡坐をかいて座り考える。
このままここに置いておくわけにはいかない。そのうちに腐敗して臭ってくるだろうし、そもそもこんな部屋の真ん中で死なれていては邪魔で仕方ない。
かといってそこら辺に棄てるのも近所迷惑だろうし、どこかに運んで埋めてしまうにしてもかなりの労力になる。それにこんなデカいのを運ぶのは不可能だ。
だから昔から少しは運動して痩せろと言ってきたんだ。
ああ、そうか。バラバラに小分けにして運べば良いのか。それだったら運びやすいし、棄てるにしても埋めるにしても楽で良いな。うん、そうしよう。
そうと決まればまずは道具だな。家にあるのは包丁くらいなので、もっと他にバラしやすい道具が必要だ。近所のホームセンター、は足がつきそうだから別の店に行くか。そうだな、車で一時間くらい走ったところまで行けば大丈夫だろう。
立ち上がると壁にかけてあった上着を羽織り、車のキーと財布をポケットに入れる。
部屋を出る時にもう一度あいつを見る。さっきまで動いていた腹は完全に止まり、すでに呼吸もしていないようだった。
別にあいつが俺に何かしたわけじゃあない。
俺は買ったばかりだったナイフの切れ味を試したいと思っていた。
あいつはたまたまそのタイミングで遊びに来た。
ただそれだけ。
強いて言うなら――
「なんとなく、だな」
俺は特に何の罪悪感を感じることもなく、下ろしたてのスニーカーの紐を結んだ。
『一昨日、マンションの一室で男性が殺害された事件で、自ら通報した容疑者の男は取り調べに対し、
突然友人に刺された。しばらく死んだふりをしていたが、このままでは確実に殺されると思った。
だから――とりあえず殺した。と、供述しており。警察は――』
【了】
【KAC20246】春、とりあえず殺人 八月 猫 @hamrabi
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