三十八 朝寝する十兵衛
篤実は昨日から一晩中眠り続けている十兵衛の胸元に潜り込み、うつらうつらとしていた。
兄達と別れ庵へと帰ってきたら、十兵衛は本当に眠っていた。安心したような、少しつまらないような。とはいえ起こすのも可哀想で隣に布団を敷いて床についた。
「ん……ふ……」
穏やかに、そして規則的に動く十兵衞の胸。短く柔らかい被毛に覆われた十兵衞の胸は頬を寄せると心地良い。――と、そこで漸く別の布団で寝たはずの十兵衛と己がいつの間にか同じ布団で寝ている事に気が付いた。
隣には空の布団。
半端にずれた様子は、どう見ても篤実から抜け出して十兵衛の布団に潜り込んだとしか思えない。
「あ……」
どくん、と心臓が跳ねた。
次は目元から耳まで火照り、額の辺りがきゅっと痛いぐらいに恥ずかしい。
前髪に十兵衛の息が掛かる。篤実の目の前には、着物がはだけた十兵衛の胸板があった。
「じゅう……べえ……」
忠臣の身体はいつも篤実にとって心地良い。温かさも、腕の太さも、胸板の逞しさも、被毛の滑らかさも、男のにおいも、全て。
「ぐる……」
「っ、」
篤実がおはようと言い掛けたが、十兵衛はまだ目を覚まさなかった。もうとっくのとうに鶏は鳴いた。村は動き出している。
この庵の中だけ、ゆっくりと時間が流れている。
「……ん…」
天目屋が見たら、盛ったのかと揶揄うだろうか。保紹が戸を開けたらだらしないと咎めるだろうか。彰叔父は……一寸わからない。
気が付くと、十兵衛の唇に己の唇を重ねていた。
「じゅ、べ……」
止めなくては。でも、もう少しだけ。
喉を鳴らして口の中の唾液を呑み込み、舌を伸ばして十兵衛の顔を舐めた。着物の襟を掴み、身体を寄せ、目を瞑る。布団の中で脚を絡ませ、体格の差を肌で感じ取るにつれ篤実の身体はじんじんと火照りだした。
「……か……ぎみ」
「は…ぅ……じゅうべえ」
やがて十兵衛も目を覚ます。それでも篤実は彼の顔をちろちろと舐め、鼻先を吸い上げ、唇を重ね続けた。
「ばれて……しまった……」
――十兵衛が盲でよかった。きっと今はしたない顔をしている。
寝起きで頭の回らぬ様子の十兵衛が子供のようにされるがままでいるのも、愛らしくて胸が締め付けられた。
「こいつ…は……夢か」
「ん、はぁ――ゆ…ゆめ…?」
ふすん、と十兵衛が鼻を鳴らしながら身動いだ。大きな手が布団の中で篤実の身体を探す。
篤実は肩甲骨の上と、尻の柔らかな肉に十兵衛の指を感じた。そして抱き寄せられて、太腿の付け根の辺りに十兵衛の雄が押し当たる。
「じゅうべえ……」
篤実は目を細め、再び十兵衛の顔中に口付けた。彼が口を開いたのを見て、両手で頬を包み込み自分から歯列をなぞるように舌を這い回らせる。ぼんやりとされるがままの十兵衛に篤実は目を細めた。
「ゆき……」
十兵衛が浅く首を傾げ篤実の首筋に甘噛みを始める。
「あっ……は……」
膚に牙の尖りを感じると共に、尻肉を揉み拉かれ声が漏れる。
「ンッ――」
篤実は嬌声を漏らすまいと息を止めた。まだ村長が村人達の説得を終えていないのなら、まだこの庵の周りにも見張りが立っているかもしれない。
この声を聞かれたら、どんな目で見られるだろうかと思うと腹の底から背筋がじわりと火照った。自分はそれを恥じているのだろうか? それとも、喜んでいるのではないだろうか。
「ゆきから求められると……儂は」
十兵衛の低い声が鼓膜を震わせる。太腿に当たる肉茎の固さが途切れた台詞の続きを物語っていた。篤実の腹の奥もきゅう……と疼く。
「夢では……ない、のだ。十兵衛」
「ぐるる……」
は、は、と己の内で燻る熱に息を吐きながら、篤実は力一杯十兵衛を抱き締めた。
「十兵衛」
首や肩は武神の像のように太く厚く、毛皮は見た目よりもごわついている。
「お……起きて、くれ。寝惚けたままでは……その、い……嫌だ」
「…ん、んん…」
「すまぬ、十兵衛。別の布団で…寝るつもりだったのだが起きたら其方の布団に潜り込んでいた」
「……若君」
「余は……寝惚けても、そなたに甘えてしまうようなのだ」
十兵衛は徐々に覚醒し、篤実が己に縋るように抱きついていることを自覚する。――それに伴い、股座の肉茎もまたじわじわと熱を増した。
「い、いつお帰りに」
「昨日の、夕方」
「今は……
「もう、昼を回った」
「……」
十兵衛の手が確かめるように篤実の尻を揉んだ。
「ンッ――」
「なぁっ⁉」
そして篤実の堪える声を聞くと全身の毛を逆立て、慌てて手を離し布団から跳ね起きた。即土下座である。
「じゅ……十兵衛?」
ころんと放り出された篤実は驚いて目を瞬かせながら遅れて起き上がった。寝起きで乱れた着物を身につけた十兵衛は頭を下げたまま尻尾で何度も床を叩いている。
「若君の許しも無く、儂は……!」
「……――ふ、ふふ、あはははっ ははっ!」
「……若君?」
篤実は十兵衛のすぐ傍へと膝でにじり寄り、顔を上げた彼にそのまま起き上がらせた。
「己が勝手に、そなたの布団に潜り込んだ。そなたに触れられるのも、噛まれるのも――嬉しい」
「……しかし…」
「ん……」
険しい顔を続ける忠臣へ篤実は背を向けた。そして未だに膝を突いている十兵衛の太腿に、そろりと腰を下ろす。
「その……あ、当たって居る、な」
「グフッ」
十兵衛が噎せた。当たっているのは勿論はだけた着物の下、白い褌を押し上げるモノ。
篤実は身体を捻り、十兵衛の首を傾げさせ耳へ口を寄せて囁いた。
「そのまたぐらの熱を鎮める、案が有る」
「……案?」
ド、ド、ド、ドと心臓が早鐘を打つ。背中を擦り寄せる篤実も、胸で受け止める十兵衛も同じように。
「余が、口で受け止める」
「…………い……いや……それは……」
「嫌か?」
気落ちした声を出すと十兵衛が拳を握り締めて、腕をゆらゆらと宙で彷徨わせた後に遠慮がちに細腰を抱き締めた。
「儂……は」
「ああ」
十兵衛の狼耳がピンピンと震えた。そして、篤実の腰を抱き締める手の片方を更に下へと滑らせる。太腿から膝を撫でて、今度は内腿を辿りながら鼠径部へと戻った。
「見張りの者もおらん……今、なら。……ゆきの声も、聞かれんじゃろう、か」
「己の、声?」
「…儂は…他の男に、ゆきが出す閨での声を聞かせたくねえ」
「それは……すまぬ、叔父上ほどうるさくしているつもりは無かったのだが」
篤実のずれた返答に十兵衛は若干返答に困った。困ったが、その間も十兵衛の股ぐらは言うことを聞かぬのでぼそぼそと囁く。
「艶っぽすぎて、あんなのを聞いたら誰でも盛っちまう」
「……そ、そなただって大概だぞ、十兵衛」
まるで売り言葉に買い言葉だったが、篤実も言い返したくて仕方なかった。
「儂、の……どの辺りが大概なんじゃ」
「その……」
「その?」
篤実は手を己の背中に回して、十兵衛の隆起に富んだ胸筋から腹筋までさわさわと撫で下ろす。
「すべて、だ」
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