第五夜 水よりも濃く
二十 働かざる者食うべからず 其の一
「
「然様か。見せてくれるか。……ああ、暫く預かっても構わぬだろうか。元通りにはならぬが、欠けたところを均して手入れをすればまた使えるだろう」
「ゆきさま! てっぽうつくって!」
「おや、この前のは如何したのだ」
「おにのいわにぶつけて、こわしちゃった…ごめんよ」
「そうか。そなたが怪我をしなくて良かった。新しいものが出来たら、持っていこう」
「雪ィ、手が足りん。今から来てくれ」
「承知した、天目屋殿」
「………」
「訳あって、女として育てられたちりめん問屋の跡取り息子が、夜盗に入られて家を焼かれたなんてねぇ…可哀想に」
「あ…ああ?」
先日、篤実が火傷の手当てをした爪牙の女が、十兵衛に肩を揉まれながらしみじみと呟いた。天目屋はいつの間にか、篤実の身分について嘘の話を広めてくれていたらしい。ちりめん問屋の跡取り息子というのがどういう存在なのか今一ぴんとこない様子で、十兵衛は耳を震わせた。
その傍で、篤実は繕い物をしていた。
「お…
丸く、平べったい座布団の上で正座をし、膝の上に広げた着物に出来た傷を目立たぬように縫い合わせていく。
「そんな小さな体で此処まで来ただけでも大したもんよ。苦労したんだねぇ…ねぇ十兵衛ちゃん」
「お…おう、…ゆきは立派な男だ」
「あー気持ちいい…もうちょっと下の方お願い。あ、そこそこ」
なぜ篤実が十兵衛と共に、他人様の着物を繕っているのかというと、少し時間は遡る。
二人揃って引いた風邪が治った頃、段々と空気も暖かくなり、村では種蒔きに供えた畑の仕度というものが始まった。そんなある日、篤実は沈痛な面持ちで十兵衛と天目屋に切り出した。
「己も十兵衛の役に立ちたいのだ。…村の畑仕事を手伝えないだろうか」
「は? 無理じゃろ」
様子を見に来た天目屋は、篤実の言葉を一蹴した。
「おい、
「ほれ、口を開けろゆき。そうそう、舌を見せえ。喉は……うん、風邪はもうよくなったな。なんじゃ、十兵衛」
「もっと他に言い方が有るだろう」
「はー…なんじゃお主、過保護じゃのお」
「そうだ。己だって男。鍬でも斧でも、持てば振るうことぐらいは出来るであろう」
「ゆき、お主十兵衛の槍は見たか?」
「…十兵衛の槍? …嗚呼。己の槍よりも随分と太く、長かった」
「そうじゃろ。お主にあれが振り回せるか?」
天目屋は薬箱から篤実の薬を取り出しながら片眉をクイッとあげて首を傾げた。その言葉に、篤実は少なからずハッとさせられた。
「あの…槍を」
篤実は、己の手の中に戦場で見た爪牙族の武具を思い出し、想像した。槍も剣も弓も、どれも兎に角重いのだ。
「…………」
沈黙する篤実の肩を、十兵衛がそっと抱き寄せた。
「人間の道具はどれも小さくて脆い。というか儂らの道具は頑丈さがのう、命じゃからなぁ」
「己には…畑仕事を手伝うことすら出来ぬのか?」
それは、十兵衛の傍で暮らし始めた篤実の胸の中で徐々に膨らんでいく不安の表れであった。
帝の息子として役に立つことが出来ないと諦めて、逃げるようにやってきた北の地で、どう生きるのか。篤実の声色から、思うところがあったのだろうか、十兵衛が切り出した。
「――……竜比古兄の仕事の手伝いはどうじゃ」
「えぇ、なんで儂が……」
「天目屋殿の?」
篤実が十兵衛の顔を見上げると、彼は天目屋の方をじっと見ていた。
「毎年、手が足りん、村の奴じゃ雑すぎてかえって仕事が増えるとぼやくだろう、竜比古兄」
「そりゃあそうじゃがー……」
「……薬屋の仕事、と……言うことか?」
それだけじゃねえんだ、と十兵衛が説明した。
爪牙族は体は頑丈だが、どうにも繊細な作業というのは向いていない者が大半である。
「薬草の仕分け、計量もあるが、細々とした道具を直すとか、
篤実は十兵衛の膝の上に乗りながら、天目屋の青い目を見た。彼は
「儂ゃ薬屋じゃ。金物屋や古着屋じゃあないんじゃがなあ」
ガシガシと頭を掻きながらも、つまり、そういう手先の器用さを求められる仕事を天目屋が断らないからこそ出て来る台詞であった。
「……己も、繕い物や、多少の武具や農具を直すことは出来る……と、思うのだ」
「儂からも頼む、竜比古兄」
十兵衛と篤実、二人でそろって天目屋に頭を下げた。
「……」
「…………」
「……………………わかった。わかった! まったく、十兵衛、貸しじゃぞ!」
――と、渋々ながら天目屋が篤実を受け入れ色々な雑用をやらせてみると、これが中々、悪くない。
薬の知識、傷の手当て、道具のつくり、天候の知識、服の手入れ、保存食の作り方、子供相手に昔話と篤実の知識は実に広い分野に渡った。篤実自身は人並みだと言うのだが手先も十分に器用で、天目屋が多少怠けても十分に間に合うほどに仕事をこなす。
「天目屋の旦那、また昼寝してたのぉ」
「最近怠けとるんでねえか」
ちりめん問屋の息子に仕事をさせて、自分は良い身分だと
「儂ゃ怠けとるんじゃない。効率よく休んどるだけじゃ。それに昼寝をしてるんじゃない。新しい商売を考えとる」
そんな会話が聞こえる程に。
斯様に容姿端麗、文武両道を体現したかのような篤実と、田舎の座頭十兵衛の生活には意外な落とし穴があった。
「……なんじゃこのにおいは」
「ああ十兵衛、おかえり。夕餉の仕度をしておった」
「いや、それは…見当がつくんじゃがその、な……」
「…どうかしたか? 今日は雉を分けてもらった」
篤実が竃の前で振り返ると、帰宅した十兵衛が鼻の前に手を掲げて立ち止まっていた。
「焦げて…ねえか、若君」
「? 生で食っては腹を壊すであろう。しっかりと火を通さねばなるまい」
篤実が鍋の蓋を開けると、黒い煙と共に真っ黒になった夕餉になる予定の物が、変わり果てた姿で現れた。
「はぁ…」
その反応からして篤実が作る料理は、どうにも十兵衛の舌には合わぬらしい。手を変え品を変え、村の女衆から習っては披露するのだが、いつも耳や尻尾の反応が芳しくない。
それは篤実にもわかるのだが。
「じゃから、飯は儂が作りますと何度も」
「早く家に帰った方が仕度をすれば良かろう」
「なら、その……若君は下ごしらえだけ……」
「何故だ」
折角の雉の肉が焦げて苦く、パサパサになっている。味は何故か妙に甘く、噛んでいて時折ガリッと歯に固い物が当たった……のだが、篤実はどういう訳か同じ物を黙々と平らげる。
「…………」
「不味いか。十兵衛」
「………………」
「そうか。……すまぬ、無理をさせたな」
「いや……食えねえことは……な…」
「次は辛くしてみるか」
篤実がそんな調子なので十兵衛は篤実から見えぬ角度でこっそり尻尾を萎びさせるのだった。
それともう一つ。篤実の粗相についても、状況は中々変わらなかった。
「……ん……はっ……」
篤実は庵の外、村の者達と顔を合わせている昼間に於いては辛うじて淫欲を堪えられた。しかし、十兵衛と
たとえ十兵衛に筒抜けであろうと、篤実は己を律しようとした。
「おやすみなせぇ、篤実殿」
「……ああ、十兵衛」
そう言って二人布団を被る。しかし夜半、十兵衛を起こさぬように布団からそろりと這い出し、身を起こす。この男のにおいがするだけで、内股がぴくぴくと強ばり、腰がビクンと勝手に跳ねる。
ざらついた筵に手をついて立ち上がり、細く差し込む月明かりだけが頼りの暗さに目も慣れる頃、庵を出て裏に回る。雪が溶けた山の中は新たな緑のにおいがした。
周囲は黒と青、そして月明かりの白で描かれた屏風絵の様。そんな中で、熱を持て余した体だけがまるで異物のように感じられた。
「は……んっ……ぅ」
衣から、己と十兵衛のにおいがする。交尾いの最中に着物を被せてくれた男の、熱い掌を思い出す。
「だめ……じゃ」
そっちに触っては、いつまで経ってもこの情け無い体の儘だと分かっているのに、触れてしまう。
「はっ、あ」
もどかしい胸の肉粒。意識してしまうと服が擦れる些細な刺激も甘くもどかしい。
「ふ……ん、う♡ は……」
股座に手を伸ばし、男の証に触れる。先端の包皮を剥いて、赤い鈴口を露出させた。そのままくにくにと皮を弄びながら自身の小振りな物の裏筋を擦るのだが、何かが違う。
「――ッ う……く、あ」
己の薄く柔らかな手でそこを嬲っても、切なくなるのは体のもっと奥の方だった。
「はぁ……あっ」
陰囊を撫でても、下腹がひくひくと震えるばかりで快楽の波は自分から遠いところで寄せては返すばかり。
「ん――ぁ や …き…たい……は ぅ、あ」
井戸に身体を押し付け、髪を垂らし、声を殺しながらもっと強くて決定的で、痺れるようなあの感覚を求めてしまう。
「じゅ、うべ…ッ ん、く 〰〰〰〰ッ♡」
ぶるりと身体が震えた次の瞬間、下腹の内側がが決壊して股座が温かく濡れていく。
「は…ぅ、あ… ひ、ぐっ う ――ッ」
雄を呼ぶ雌のように粗相して、外気で冷たくなった雫を内股に滴らせる。粗相の跡を汲み上げた水で流すと、肌は打ち据えられたかのように震え、痛んだ。
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