第四夜 心の在処
十六 夜が明けて
「ぐわっ!」
「⁉」
翌朝、十兵衛の声で篤実は目を覚ました。隣で寝ていたはずの十兵衞が布団の外にいた。
「人が心配して来てみりゃお主ら…」
十兵衞が天目屋に蹴り飛ばされていたのである。
「た…竜比古兄…なんだ、いきなり」
「いきなりじゃあないわ。もう昼過ぎじゃぞ、お主らヤりまくって寝とったと顔に書いてある」
「なっ…」
十兵衞と篤実の声がぴたりと重なった。
確かに二人とも着物は無いわ、天目屋に蹴り飛ばされた十兵衞は、あちこちの毛並みがガビガビに固まっているわ、篤実の身体には幾つもの痣が残っているわ。
篤実が外を見ると、確かに木々の合間から覗く陽が南を過ぎている。
「目の遣り場がねえなぁまったく。お
「お、
のそりと起き上がる灰狼の十兵衞と、固まる篤実の前にしゃがみ込む青蜥蜴の天目屋。
目の遣り場が無いと言いながら、天目屋の手が篤実の顔へと伸びる。篤実はぴく、と肩を強張らせながら、じっと天目屋の顔を見詰め返した。
「何しに来たんで、竜比古兄」
「お主昨日自分が言ったことも忘れたか。粗相に効く薬はねえのかと言ったのはお前じゃろ。ほれ、口を開けろ
天目屋に促されて、篤実は口を開ける。舌を見せろと言われたり、瞼の色を見られたり。十兵衞は天目屋に話し掛けようとして、臭いから身体を洗ってこいと言われてしまった。
篤実が見ていると、十兵衞は裸のまま心なしか肩を落としつつ、チラチラと篤実と天目屋の方を振り返りながら湯を沸かし始めた。
「なんじゃ? 憑き物が落ちたような面じゃな。昨日より面に柔らかさがある。あー…粗相以外に困っとることはあるか。口が渇いたり、手や足は冷えんか」
「え、ああ……そう言われると、そう…かもしれない」
篤実が目の前の天目屋から、湯を沸かす十兵衞の背中へ繰り返し視線を移動していると、ときどき十兵衞も振り返る。視線が合うような感覚になるが、十兵衞は見えるわけでは無いからか、すぐに十兵衞との視線は外れてしまう。
ぺち、と天目屋に頭を軽く叩かれた。前を向くと青い髪の彼は眼鏡の奥で目を半目にしている。
「
「…薬屋なのは、真だったのだな」
篤実の台詞に天目屋はけらけらと笑いながら
「なんじゃ、なんの商いなら納得する。忍びか?」
「草の者は、己は会ったことが無い故、よくわからない」
着物を羽織る篤実の前でゴリゴリと音を立てながら天目屋が薬を作った。独特の苦そうなにおいがする。
「のう…その薬は、その…苦いか」
「飴のような甘さは無ぇなぁ」
「……そ…そうか」
口籠もる篤実に、天目屋がニヤリとした。
「なんじゃ、苦い薬は苦手か。餓鬼じゃのう雪政」
「む…餓鬼ではない。飲め……る」
篤実の背後から、ぬっと太い腕が伸びて身体が掴まれた。驚いて振り返ると、濡れたままの十兵衞が服を羽織って、庵の中へと戻っていたのだった。
「竜比古兄、若君を困らせるんじゃねえ」
「濡れ衣じゃ。においで分かるじゃろ、薬を作っておる」
十兵衞が篤実の肩のそばでスンと鼻を鳴らしてにおいを嗅ぐので、篤実は耳から首筋までかぁっと熱くなってしまった。
「じゅ…十兵衞、その…近い。己も、……身体を洗いたい」
湯はまだ残っているか、と小さな声で訊ねながら、篤実は己の身体を緩やかに抱き締める十兵衞の腕に手を添えた。胸中うずまく離れがたい切なさに、眉尾を下げているのを天目屋に
「は……」
欲を言えば
しかし庵に風呂場はなく、篤実は一度目と同じように沸かした湯で身体を拭い汚れを流す。
「……腹が…」
一晩中、十兵衞の
一人、庵の裏で裸になりながら、篤実は己の身体を見下ろした。
――こんなはしたない身体になって、沢山の人の期待を裏切ってしまった。
元より背も高いとは言えず、骨から細かったのか鍛えても然程大きくはならなかった。それでも、あの戦の頃は一目見れば男と分かる身体であった。
今はどうだ。
肋を覆う胸板に、なだらかな傾斜のある微かな膨らみがついて、すこしくすんだ桃色の乳輪がぷくりともう一段膨らみ、乳頭も飛び出している。
下腹には昨夜の情交で十兵衞の指の痕が刻まれ、臍の下から下生えのすぐ上にかけて赤い紋が浮かび上がっていた。その下腹も、薄く柔らかな肉の層が覆っていて丸みを帯びた線を描いている。
一番肉がついたのは尻から太腿であろう。男に媚びを売ると、桃のような形だと言われ決まって揉まれた。菊座を拓かれ、逸物を捻じ込まれ、ジンジンと赤く熱を持つまで腰を叩きつけられた尻は、丸くむっちりとした肉感がある。
「は……」
十兵衞が、気持ちいいと言いながら抱いて、子種を吐いたこの体。
元服し、立派な男の手本になれず、快楽に溺れる己の弱さを体現した我が身。
「う……ぅ……」
儀式の中で誘惑に負け、尻で絶頂を味わうことを知ることと引き換えに、篤実の逸物は使い物にならなくなった。
周囲の期待を裏切り、血筋を残す務めを果たせなくなった己に居場所が有って良いはずが無い。父上や兄上達は否定するが、自分が母上を死に追いやったようなものだ。
「
――そして、廃位の噂が囁かれていると知り、野に下りたいと自ら願い出た。
「
父である
「……申し訳…ありません、父上…いえ、陛下」
「雪千代…」
「…手につかないの…です」
ただ不能になっただけが、篤実の矜持を折ったのでは無い。
「何が…あったのだ」
「……儀式に…失敗してから、己は」
篤実の身に起きた変化。その事実を打ち明けるのは、たとえ実の父が相手だとしても、あまりにも辛かった。
「し……尻に…欲しくて、仕方が…なく……そんな…はしたない考えに身も心も支配されて、何も…手につかぬのです」
「――…」
「斯様な痴れ者が…陛下のお役に立てる筈が御座いません。此処まで育てていただいた恩に、恥で仇を返す前に、どうか…父上」
「余に、妻に続いて…息子を喪えと言うのか」
父の声は、それまで篤実が聞いたことが無いようなか細い声だった。
「ッ――……申し訳…御座いません…申し訳御座いません…」
今上帝の前から下がった直後に、兄の一人と顔を合わせたが、篤実は目を伏せ足早に横を通り過ぎた。
都を出て、手持ちの資金が無くなり、女に頭を下げたこともある。
だが、篤実の若い体に期待した女達は
「若君?」
不意に十兵衞の声が響き、篤実の意識は現実に戻された。
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