十三 若君に触れる

 十兵衛は顔を上げた。

 傷痕を覆う目隠しを解き、ふう…と息を吐く。徐々に若君の息が落ち着くのを待ちながら、十兵衛は黙り込んでじっと考え続けた。


 一番槍など、欲しくて手に入れたものではない。

 槍を振るただそれしか能が無いと思っていた。槍衆の頭になったのも、少しばかり融通が利かないのを真面目だと良く取って貰っただけだ。


 だがそんな、己は戦場で焙烙玉を目にした瞬間考えるよりも先に身体が動いた。最後に兜を被った若君の碧眼を焼き付け、顔を焼かれた瞬間突き動かされ、獣の如き本能で進んだ。光は失ったが、それがどうでも良いことに思えるほどに戦場での自分はどうかしていた。


 では、今の自分は、大神十兵衛はまともか?


「まともなものか…」


 十兵衛は独り言ちたが、篤実はその独り言を別の意味に取ったようだった。急に立ち上がり、十兵衛の横を通り過ぎようとする。


「若君ッ」

「そうだ、おれはまともじゃ無い」

「篤実殿、違う!」

「お主もそう思っておるのだろう! 十兵衛」

「貴方様がまともじゃねえなら、それは世の中が間違っとるんじゃ‼」


 手を伸ばし、再び篤実の腕を掴むと腕の中へと抱き込んだ。己の毛皮に覆われた胸に、篤実の頭を押し付ける。


「ッ 離せ、はな……せ…さもないと」

「儂が、共に狂います。若君」


 篤実の肩から首を撫で、上を向くように促す。親指で頬の形を撫でて、そして口元をなぞりおとがいを掴む。

 もう片腕を腰へ回し、胡座を掻きながら半ば無理矢理膝の上へと抱き込んだ。


「――十兵衛……覚えておるか。余が、修練場へ赴いて、初めてそなたらと、勝利を誓った日のことを」


 十兵衞の胸の中で、上を向き視線を合わせながら若君が呟いた。


「はい。どんな鳥よりも力強く、儂らの士気を高めてくださった」

「真っ先に応えてくれたそなたの事が――戦場を離れても忘れられなかった。亡くなったとはいえ妻君が居るのも知りながら……そなたに抱かれたくて、此処まで来てしまった」


 十兵衞は顔を寄せ、舌を覗かせて篤実の顔を舐めた。


「許されぬ事だと思っていた。わかっていた。しかし……もう、こんなはしたない身体で、戻る場所も無くなった今、ただ――ただ」

「はい」


 するりと、腕が十兵衞の首に絡み付いた。


「そなたとのまぐわいに溺れたい……十兵衞」


 告げられた台詞とは裏腹に、篤実の声はか細く震えていた。


「わか……ぎみ……」

「……ゆき、が……よい。……雪政と」


 先程噛み付いた首筋からだろうか、血のにおいが未だに、若君の雄を掻き乱す香りに混ざり立ち上る。十兵衞は再び、篤実の頬から耳、首筋を舐める。

 同時に篤実の背を再び腕の中へと抱き締め直し、背から腰へ手を滑らせ、帯の結び目を解いた。


「雪政殿――儂の目には見えねえが……月夜の新雪の如き肌を、思い浮かべちまう」

「……こそばゆい」

「目には見えねえが」


 十兵衞は着物の裾から伸びる篤実の足に触れる。


「ッ……ふ……ぁ」


 足首から脹ら脛の肌を撫で、膝の裏に触れながら獣の口吻から熱い息を溢す。手が太腿へと上がると、其処が持つ熱は十兵衞の手に勝るとも劣らない量であった。

 じわりと肌自体が心地良い湿度を持って手に馴染むようであった。


「儂には、耳も鼻も、手も有る」


 十兵衞の白い髪が篤実に握りしめられ、頭皮を引っ張られる痒いような痛みに胸がざわつく。


「じゅう、べ…え」


 胡座を掻いた十兵衞の身体に、自らの身体を反らして擦り寄せる篤実はまるで猫が身を捩るかのようである。徐々に胸の動きが速くなり、彼は十兵衞の肩の毛皮へ顔を埋めた。


「雪政様」

「…おれ、は…ずうっと……堪えているの、だ。こんな…信じられぬかも…しれないが」


 こくりと唾を飲む微かな音すら十兵衞の耳は拾う。


「何を」


 愚直に訊ねる十兵衞に抗議するかのように、篤実の火照った手がぎゅうっと髪を引っ張った。


「痛ッ」

「ぅ…――き…訊く奴が、あるか、このっ ――ッ」

「なっ おっ おっ?」


 十兵衞は篤実の太腿を揉みながら、彼の言葉に混乱を来しながらも自分が失態を演じたことを今更に知った。


「……じゅうべぇ」


 一段と甘く強請り、篤実は十兵衞の襟を引っ張りながら後ろへ倒れ込む。


「もう、お前と交わること以外、考えとうない」


 篤実が頭を打たぬように手で支え、十兵衞は覆い被さるように四肢を突いた。がら空きになった十兵衛の着物の帯が引っ張られ緩む。


「は……」


 目眩がするほどの獣欲だ。


 ずっと十兵衞の逸物は褌越しに篤実を押し上げていたのだから、篤実の指にまさぐられて解放されればぶるんと揺れて、切っ先を若君へ向けた。

 十兵衞は四つん這いのまま、興奮のあまり全身の毛皮をぶわりと逆立てた。ぐる……と喉を鳴らし再び篤実の顔から首筋を舐め、妻のものだった衣をはだけていく。


「……ゆき」


 身体の大きな男が多い爪牙族の下では、人の中でも細身である篤実の身体はすっかり隠れてしまう程に二人の体格には差があった。手足の太さも、腰回りも同様に。


「壊しても、よいか」


 脚を開かせ、その身体を折り曲げる。


「壊して、ゆきの腹に儂を刻みつけてよいか」


 十兵衞は目が見えない。


 その目が最後にみたのは、戦場での篤実の姿であった。


 今、ゆきがどのような目で自分を見ているのか、それを想像することは篤実への冒涜であり、自分自身への冒涜であり、はらわたが捻られるような苦しみと、脊髄に薬を塗り込められるような快楽が襲う。


「いや……よいか、等と聞いたが」


 ひくりと揺れる足を掴み、尻のまろい形を亀頭でなぞる。双丘から谷へと伝い、皮膚の薄く骨の硬さを感じる一カ所を撫で其処から前へと探っていく。


「じゅうべ、え」

「壊したいんじゃ」


 ひくりと疼く、窄まりを捉えた。


 身体の下に捕らえた獲物は時折ぴくりと太腿を振るわせ、犬のように息を吐いている。


「ゆきが、他の男に股を開けんように、このまま抱き殺したい」


 ぬぷ、と先端を埋めた。


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