新メニュー、鶏和えず

西川 旭

豚皮ポン酢の香草和え

 西川くんと狐中(こなか)先生は、小説の趣味を通じて出会ったズッ友である。

 アマチュアの西川くんと、何度も書籍化経験のある狐中先生は、同年代ということもあってか不思議と馬が合い、機会があればつるんで酒を楽しんだ。


「とりあえず生を二つと〜、あと鶏皮ポン酢」


 西川くんが店員に対して、ファーストオーダーを告げる。

 このたびは久しぶりにオフで会うことができたので、電気街でオタ活動を楽しんだのち、居酒屋に繰り出した。

 二人とも新幹線の最終までには引き上げなければならず、あまり長っ尻ができないのは残念であった。

 西川くんは狐中先生に多めに払ってもらうつもりが満々で、進んで下座に腰を下ろし、小皿、おしぼり、箸の配膳やら店員との対応やらを一身に引き受けている。

 甲斐甲斐しくもあり、まことに浅ましいケチ根性であった。


「いいねえ鶏皮。とりあえずメニューの鉄板だよね」


 狐中先生も「とりあえず」は、ご満悦の様子である。


「枝豆とキムチも頼んじゃおうか」

「最高だね。今宵、我ら進んで酒クズとなろうぞ」


 西川くんの提案に狐中先生は鷹揚に頷く。 

 そのとき、店員が申し訳無さそうに言った。


「すみません。うちのスピードメニューは鶏皮じゃなくて、豚皮なんですよ」


 メニュー表を指で示しながら店員が説明する。


「あ、ほんとだ。豚って書いてある。てっきり鶏皮だと思って空目した。狐中っち、大丈夫?」

「問題ないよ~。ミミガーみたいな感じなのかな?」


 西川くんは鶏皮ポン酢で最初の乾杯をしたい気分になっていたが、そんなことはどうでもいい些事であった。

 沖縄などの地方では、豚の皮や耳を燻製にして刻んだものを珍味にすることがある。

 非常に素晴らしい酒のアテになり、豚皮ポン酢もきっとそのように美味しいだろうと西川くんは前向きな気持ちになることができた。

 注文して間もなく、生ビールとおつまみが運ばれてきた。


「ぷりぷりしてうめえ」


 乾杯ののちに豚皮ポン酢を口に含んだ西川くんが、語彙とIQの少ない感想を漏らした。

 ゼラチンと脂肪が程よくマリアージュした豚皮の細切りが、味ポン、トウガラシ、刻んだネギやミョウガと和えてある。

 豚皮は燻製ではなく茹でてあるようだ。


「トンポウロウの皮の部分を、和風の味付けであっさりさせたような感じだね」


 さすがは書籍化作家、狐中先生はわかりやすく的確な比喩で豚皮を讃えた。

 こういうところを注意して聞き、言葉づかいなどを盗めば西川くんもただのアマチュアから一皮むけるのかもしれないが、すでに酒が入っておりなにひとつ気にしていなかった。


「ところでカクヨムのイベントなんだけどさあ」


 酒が進み、西川くんは現在取りかかっている創作に就いての話題を出した。

 と言っても酔いの雑談でしかなく、なにを聞いたところで明日には忘れているだろうが。


「なにか周年イベントやってるみたいだね」


 狐中先生は概要しか知らないらしく、自分で参加などはしていないようだ。

 スマホでカクヨムページを確認し、ふむふむと情報を読んでいる。


「そうなのよ。お題が立て続けに運営から出されて、それに合わせて書く感じで」


 西川くんは期間途中でカクヨム生誕祭のイベントを知り、すでに二つの掌編をアップロードしている。

 どちらも閲覧数、星の数ともにパッとしなかった。

 この席でなにかアドバイスを貰ったとしてもそれを活かすだけの器用さは西川くんにはない。

 としても、話のネタとして夜を過ごす分には良かろうと思い、適当に言葉を繋ぐ。


「とりあえず、どんなお題が来たとしても、自分の土俵に引きずり込むことが大事じゃないかな」


 狐中先生は、分かるような分からないような助言を、西川くんに与えた。


「どういうこと?」


 いまいち掴み切れないのは、酒のせいだけではなく、西川くんの元々の鈍さゆえである。

 そんなダメな朋友を見捨てるでもなく、狐中先生は丁寧に説明を足した。


「お題に振り回されても、無理にお題を入れ込みました、ってな感じで読者には見透かされるからさ。それよりは『俺は好きなようにいつも通り書いた、お題なんてそのオマケだ』くらいの腹積もりでいた方が、堂々とした書き上がりになって、読者も気持ちいいんじゃない?」

「へー、そういうもんかあ」


 言われて西川くんは感心、納得するものの、そのとき限りのことである。

 先にも触れたとおり、一晩寝れば忘れているだろう。

 その後、二人は時間ぎりぎりまで杯を重ね、狐中先生のカードで会計した。


「うお、電車に間に合わねーじゃん。またねー!」


 西川くんは逃げるように駅を走り、割り勘の金額がどうであるかという話題を狐中先生が出すのを封じた。

 部屋に帰ってからも寝付く前に酒を飲んだ西川くんは、翌日とんでもない二日酔いに襲われることになった。


「うう、とりあえず、水……」


 水道水を無理矢理に喉の奥に押し込んで、えずいた西川くんは大量のゲロをトイレで吐いた。

 居室に戻ると、開きっぱなしにしていたパソコンの画面上で、カクヨム誕生祭の案内ページが開いていた。


「もう昼過ぎてんじゃん。次のお題、出てるかな」


 F5を押してページを更新する。

 6つめのお題は、まだ表示されていなかった。


「あれ、18日に次のお題が出るはずだけど……」


 首をひねりながらスマホの日付を確認する西川くん。

 間違いなく18日の正午過ぎを示しており、カクヨムの案内ページでお題が更新されていないのはなにかのミスか、更新が遅れているだけだろう。

 現にユーザーページの通知ベルマークには、6つめの新しいお題が届いていた。


「ここ確認してねーとお題分からねーじゃん……なになに?」


 徐々に覚醒してきた脳と視力をフルに駆使し、西川くんは新たなお題がなんであるかを見た。


「お題『トリあえず』か。なんでトリだけカタカナなんだよ」


 知ったこっちゃねーやと思い、西川くんは新規小説作成ボタンを押し、下書きページを呼び出す。


「狐中の野郎はなんて言ってたかな……まあいいや。どうせ大したこと言ってなかった気がする」


 昨夜に貰ったアドバイスは、すっかり頭から抜けていた。


「でもあの豚皮は美味かったな。またあの店に行ったら頼もう」


 鶏和えず、豚和える。

 他に何も思いつかないので、とりあえずのところはそんな掌編を書いて、西川くんはお茶を濁すことにした。

 そんなふざけた姿勢で創作の女神が西川くんに微笑みかけるのかどうかは、まさに神のまにまにというところであろう。

 この小話も、落ちているかいないかわからないが、ここで完とする。

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新メニュー、鶏和えず 西川 旭 @beerman0726

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