とりあえずの告白
藤 ゆみ子
とりあえずの告白
「とりあえず、付き合ってみない?」
彼は返事に渋っている私にそう言って穏やかに微笑む。
「とりあえず、ってそんな適当には……」
「でも、付き合ってみてわかることもあるし、付き合ってみてダメなら別れるのでもいいんじゃないかな?」
「私、そんな不誠実なことはできません」
「別に不誠実なんて思わないよ。こっちがそれでいいって言ってるんだから」
彼は結構押しが強いみたいだ。だが、そんな簡単に頷くわけにはいかない。
実は私は彼が好きだ。いつも穏やかに微笑み誰にでも優しい。けれども、その隙のない笑みは何を考えているかわからない。そんなミステリアスな彼をいつも目で追っていた。時々目が合ってはにこりと微笑む彼。なぜ目が合うか想像しては気持ちを膨らませていた。
そんな彼が今『とりあえず、付き合ってみない?』そんなことを言ってくる。
(とりあえずってなに……)
実際、彼と付き合いたいとは思っていなかった。いつも人に囲まれている彼。人当たりがよく、たまたま私の友人と彼が知り合いで、たまたまその場に一緒にいた私の存在も認知してくれた、その程度の関係だ。
もちろん想像してみたこともあるが、彼を取り囲む美人な女性たちを見てはその想像を払拭した。
それなのに今、彼にひと気のない場所に一人呼び出されている。
「君のこと、いいと思ってるんだよね」
「私はいいとは思っていません」
「悪い話じゃないと思うんだけど」
「良いとか悪いとかの話ではないと思います」
「けど、いつも目が合ってるんだよね」
「合っていませんけど」
「気があるのかなって」
「全くないです!」
話が噛み合わない彼に、もう冷めてしまった感情をぶつけるように私の語尾は強くなる。
「私、付き合いませんので」
「さっきは悩んでたじゃない」
「悩んでいません。少し驚いただけです」
「意外と頑固なんだね」
困ったようにため息を吐いた彼に
「とりあえず、その人に直接告白しにこいとお伝え下さい」
木の影からこちらを覗いている、彼といつも一緒にいる男を睨みつけてから私はその場を後にした。
とりあえずの告白 藤 ゆみ子 @ban77
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