【KAC20246】その鳥は、森にいる

草乃

✱ その鳥は、森にいる

 その鳥は、見た人と会話をするらしい。

 昔、薬売りを生業にしていた魔女がいた、丸太を組んだ家に住んでいるらしい。



 そんな噂はいつ、どの世代の子どもたちも魅了した。この村でずっと語られる話だ。


 魔女が魔法をかけたから話せるし文字も書けるのだ。

 もしかしたらその鳥も、魔法を使えるのかもしれない。

 その鳥と会話した、というものも幾人かいたが大抵はホラだった。

 ただ誇らしげに話すものだから、みんな次は誰がどう話すかを密かに楽しみにしていることもあって、この手の話題は大人になっても酒の肴として楽しまれるものだった。

 みんな、信じているし、信じていない。魔女はもう居ないらしいからそれで構わない。

 この村で魔女の薬に助けられたことも、伝わる素人でもできる調薬方は今も使用されていることも、子どもの頃からずっと言い聞かされてきて育った身には、感謝こそすれ恨むことも畏怖することもない。




「今日も魔女の家に行くぞ」

「またおうちの前まで?」


 まだ遊び回ることが仕事の男女の子どもが二人。大人たちが畑仕事をしている場所から少し離れ、草かげに隠れてしゃがみこんでコソコソと話し合う。

 一見チグハグでも、これがなかなか良い塩梅でなんだかんだと一緒に行動することが多かった。

 二人はたびたび魔女の家を目指し森に入っている。

 けれどまだ家をこっそり見ては、呼び鈴を鳴らすこともなく帰ってばかりだった。


 そうして森に入り、道のような道ではないような歩きにくい道を行く。少しずつ緑が深まり薄暗くなってくると、女の子は男の子の服の袖をきゅっと掴んだ。なんだか今日はいつもと違う。

 いつものようにたどり着いて、二人は顔を見合わせる。女の子の眉が、不安そうにハの字を描くも、男の子の今日の意気込みはいつもとは違った。


「中に誰かいないか、たしかめよう!」

「えぇ!? 誰か居たらどうするの、食べられちゃうかもしれないのに?」


 噂話の中には、森から帰らない人たちは魔女に薬にされたのだ、というものもあった。それが魔女の長生きの秘訣なのだと。

 大人よりも肉の柔らかな子どもがいい、というのもよく言い聞かせられるが、それは子どもが無闇矢鱈に森に入らないようにという警告の意味でもあった。

 でも、好奇心には抗えずに森に入る子どもも大人も後を絶たない。何もなかったと帰ってくることが大半で人が居なくなるのは十年も前の話らしい。


「そうなったら先ににげろ」

「えー、ひとりはやだ」


「勇敢ですねぇ。口先だけかは置いといて」


 二人とは別の声がして二人はヒャッだかギャッだか驚いた声を上げて、声のした方をみた。

 みると、樹の枝に茶色い鳥がとまっている。人ではなく、鳥だった。二人の頭にたくさんハテナが浮かんだ。


「二人のやりトリはとても興味深いです」


 人の言葉を話す鳥が、すいーっと音もなく二人の眼の前に降りてくる。


「何度もいらしてるのにお出迎えもできず……まあ、呼び鈴もノックもされてないのでね、出迎える義理はないですかね」


 二人を置いて、その鳥は不躾にじーっと二人を見つめながらひとりブツブツ呟いている。

 噂の鳥がこの鳥であることは明らかだったがそれにしてはいささか怪しさしかない。あと、ちょっと失礼ではないだろうか。

 魔女の飼ってた鳥だろうか?

 二人は無言、鳥だけがぼそぼそとひとりごちている。ふと、その時間は終わり、鳥が不躾なジロジロとした眼差しをやめて二人と目を合わせた。


「まあ、トリあえず、お茶でもどうです?」


 温かくも冷たくも淹れられますよ、とその鳥が誘うから、二人は顔を見合わせてから「のむ」と答えて頷いた。

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