仲良し?兄妹漂流記Ⅶ

舞波風季 まいなみふうき

第1話 トリあえず、とは……

「とりあえずなんとかしてよ、お兄ちゃん!」

 毎度のこと、璃々香りりか脳天のうてんに突き刺さるような高音ボイスが俺を直撃ちょくげきした。

「とりあえずって言ったって、そう簡単にできるわけないだろ」

 そして、毎度のことながら俺も璃々香の無理むり難題なんだいにぶつくさ言っているわけだ。


 璃々香の要求は、ズバリ風呂だ。

 俺達がこの島に漂流してそろそろ一週間が経つ。

 そのかん俺達は一度も風呂に入っていない。

 当然だ、風呂など無いのだから。

 とはいえ、一切いっさい、体を洗わなかったかといえば、そうではない。

 せいなる泉(泉の精霊にそう呼べと言われた)の水は飲めば精がつくありがたい水だが、体を洗うのにも適しているらしい。

 先日漂着した箱の中には、タオルや毛布など生活用の繊維製品もたくさん入っていた。

 なのでそのタオルを泉の聖水に浸し体を拭いていたのだ。


 だが、それだけだと、衛生上は不足ないとはいえ気分的には満たされないのは否めない。

 そこで璃々香の、

「お兄ちゃん、お風呂作って」

 となったわけだ。

(璃々香はとりあえずなんとかしてくれ、と言うが……)


 とそこで、俺はあることを思い出した。

 それは、この島に漂着する前、日本にいた頃の璃々香との会話だ。

 確か休みの日の昼前頃だったように思う。

 俺が居間でスマホを見ていると、璃々香が後ろから覗き込んできた。

「何見てるの、お兄ちゃん?」

 璃々香はこういうことをしょっちゅうする。俺が驚くのが面白いのだろう。


 もし俺がカノジョとやり取りをしていて、それをのぞかれるのだとしたら困るが、幸いなことに俺にはカノジョがいない。もちろんいまだかつていたこともない。

 もしかしたら璃々香は俺がいかがわしい画像を見ている現場を押さえて、スケベだの変態だのとからかって遊ぼうと画策かくさくしているのかもしれない。

 だが、そのへんは俺もかり無い。璃々香に覗かれる危険が多々たたある真っ昼間からそんなものを見たりは……と、話がななめ上に行ってしまったようだ。


 俺が見ていたのは、◯クヨムという投稿サイトだ。

 基本、俺は読むのが好きで登録しているのだが、最近は自分でも書いてみようかなどという色気も出てきた。

 そして、その時に開いていたのは運営さんからのお知らせで、そこには、


「トリあえず」


 とだけ書いてあった。

「なにそれ?」

 璃々香がもっともなことを聞いてきた。

「俺にも分からん」

「トリあえず、の後を打つのを忘れたのかな……?」

「そうとも見えるな……」

だとしたら、一体この後にはなんという言葉が……。


「ところで、お兄ちゃん」

「なんだ?」

「おなかへった」

「ああ、もうすぐ昼だな」

「お母さんもお父さんもいないから、お兄ちゃん作って」

「自分で作れよ。ラーメンくらい作れるだろ?」

「やだ、お兄ちゃん作って」

「俺はカップ麺にする」

「やだぁー、この前作ってくれた鶏肉の料理作って」

「ああ、あれな……でもだめだ」

「なんで?」

「あれはな、鶏肉とキュウリのごまえだからだよ」

「わけわかんなぁーい」

「鶏肉のえ物だからだよ」

「だからなんでよーー」

「トリあえず……とりえず……だからな」

「……」

「……」


 あの、一瞬空気が凍りついたような感覚は一生忘れられないだろう。


「ねえ、お兄ちゃん、聞いてるの!?」

 璃々香のより一層けたたましい声で、俺はわれに返った。

「あ……ああ、でもなぁ……」

 俺が、過去の苦い回想から戻ってきて再びぶつくさ言い出すと、

「私達もお手伝いしますから」

「ええ、みんなでやりましょう」

 ルミるんさんとユリりんさんも、お風呂建設計画には大賛成のようで、熱心に働きかけてくる。


「よし、決まりぃいいーー!」

 と、璃々香が拳を振り上げて勝利宣言した。

「て……おい、俺はまだ……」

 などという俺の言葉など全く聞かず璃々香は、ルミるんさんとユリりんさんの三人で早速さっそく新しい浴場の完成予想図を地面に描き始めていた。


 というわけで、俺は、浴場建設という新たなミッションを課せられたのであった。

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