トリあえず
金谷さとる
トリあえず
『ヒトリあえずに泣いてしまった』
急に視界をよぎった友人からの通信に指ひとつで切り替える。
『どうした?』
『即売会で推しの人に会えんかった』
『欲しがってたグッズは?』
『売り子はいたから買えた』
『ごしゅ』
ひとしきり、友人を宥めてから今日のテキストをパラパラと読み直す。目の前にはぬいぐるみが端の潰れた箱を股座に置いて小首を傾げている。
ブックマーカー、小型のものならいけるかもしれないが『ワタリ回廊』はレンタルスペースも有り、雑貨の販売も行っている。作家さんの創作物取引の仲介もしているのだ。中身がわからない。
この箱のサイズなら……、ブックマーカーも入るけれど、小型文具もペンダントトップや指輪ピアス系も入るよな。
たぶんネオンは指輪はつけないだろうし、贈るならチェーンも添えて吊るせるようにかな……いや、まだ早いだろ。
あ。
おもちゃの指輪、渡したこと思い出した。はっず!
いやまぁガキの頃だし忘れとこ。
折りたたみテーブルであることを忘れられつつあるテーブルに放り出したノートに今日、引っかかった部分を書き出していく。読み直し、書き出して関連資料も読んでおく。
ここでテキスト買って『ワタリ回廊』アテンダントとか考えると負けた気分になるので、手を動かして誤魔化す。
誰かに会えなくて泣く。
その感覚がイマイチわからなくて対応が最良だったかわからないまま物品購入に話を移行させた。もっと愚痴ってもらってスッキリさせた方がいいのかとも思うけれど、うまく言葉が思いつかず、ついとりあえず間に合わせの言葉になりがちだなと自省する。
ネオンがよく『タイ君に会えなくて寂しくて泣くから!』って言うけれど、それに対しては『ほら、会えただろ?』って返してしまう。ぷりぷり拗ねているネオンは可愛いから。
『ぷりぷり拗ねてかわいいわね!』
そう言われておれは確かネオンと同じように『拗ねてない!』って大きな声をあげたんだ。
噛み殺される笑いがイヤで『ママのバカ!』って。
ああ。
そうか。
簡単に会えなくなるんだ。会う機会を失うと。
「タイくーん、入るよー。えへへー。来ちゃったぁー」
……。
「にーさん、なんで合鍵まで融通するかなぁ?」
「おー。上着脱ぎっぱだー」
あとで苦情は言わねばなるまい。
「異性の部屋に簡単に入り込まない! それと合鍵は没収!」
「ん? やだー。タイ君、ノックする前にノブ回したら開いたの。身内のビルでも鍵はちゃんとかけなきゃダメだと思うの」
あれ?
あー、すぐ出るしで鍵忘れてた?
「他の人に侵入許しちゃダメなんだからね。塾疲れたぁあああ」
ああ、もう! すんすん匂い嗅ぎながら腹に頭を擦り付けるのはやめよう! 胃が、押される。
とりあえずあたたかい飲み物をいれて一息ついてから送った。
「ホントに合鍵持ってないよね?」
「うん。むしろちょーだい」
「ダメに決まってるだろ。ちゃんと寝ろよ」
「はーい。タイ君大好きー。送ってくれてありがとー」
夜道を彼女ひとり歩かせるのはおれの好みではないからな。
「ん。あとでおやすみ送る」
「ん。約束だよー」
ひとり逢えずに泣けると言った友人の言葉で思わぬ感傷におそわれた。
ずいぶんとたつのに今になって母の死が重い。
ひとりの道で目頭が熱い。
携帯端末がネオンからの通知を受け取る。
まだ帰りついてないと思うと笑える。
とりあえず、友人に次のイベント日を聞いてなんならついて行こうかと提案してみようかと思う。
あいつの推しってなんだろうな?
トリあえず 金谷さとる @Tomcat
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます