杪夏 7
外は夕方になり夏の終わりを告げるようにサラッとした冷たい風が吹いていた。
おじいちゃんの家に戻った僕はさっそく聞いた。
「やはり、まだいたか」
「まだって、どういうこと?」
「もう、いないんだ」
おじいちゃんはしばらくの間、開かれた障子から見える山を見つめていた。
やがて、僕の方に向き直ると滔々と話し始めた。
奏の両親は研究者で細々と大学の隅で研究を続けていた。
内容は遺伝子組換えについて。
二人とも優秀な研究者だった。故に辿り着いてしまった。都合の良い遺伝子を取り出し活性化させ、組み替えることの可能性に。しかし、それは理論上の域に留まり、二人は丁寧に論文にまとめた。
それが悲劇の始まりだった。
「カルト教団だ。当時は表立った活動していなかった。それが論文が出たことで教団は二人に目をつけた。そして良いように遺伝子を組み替えられた奏ちゃんが生まれたんだ」
二人の研究者は論文の最後に技術の運用化を否定していた。それでもカルト教団は二人を拉致し世界征服のための神の子を作らせた。
そして生まれたのが奏だった。
「奏が5歳の時までは親が育てていた。その後、親は教団に殺された。教団に拉致された奏は拷問のような日々を過ごした、それでも救いはあった、」
「もう、いいよ。全て分かったから。」
正直、聞きたくなかった。どこかでは分かっていた。奏が単純な悲劇の少女ではないと。そして奏が僕に会った理由も。
「奏は僕にその話を避けていた。それよりも僕に勇気を与えて救ってくれた。それだけで良かったんだ。そのために僕は彼女と出会った」
おじいちゃん僕、帰るよ。
実家に帰るとお父さんがいた。
久しぶりに見た顔は情けなかった。
疲れてシワの入った目に目一杯の涙を浮かべていたから。
「心配したぞ!どこ行ってた。何も言わずに!」
まさか怒られるとは思っていなかった。
僕のことなんて気にしていないと思っていた。
嬉しかった。ただただ嬉しかった。
僕のために泣いて怒ってくれるお父さんがいたことが。
「お父さん、ごめんなさい」
「お父さんこそ悪かった」
「僕ね、ぼく。ずっと会いたかった。一緒にご飯が食べたかった。だから、だから」
目を晴らした僕をお父さんは強く抱きしめて何度も分かったと繰り返した。
その日の夕食、僕は非情にもお父さんに話してしまった。
「ねぇ、お父さん。今日ね。奏って言う子に会ったんだ。すごく可愛くて綺麗な、」
「った・・のか?どう、だって、あいつは・・もう、」
お父さんの顔が何か恐ろしいもの見るような怖い顔になった。
奏とお父さんの関係はなんとなく分かる。けど、お父さんのその顔には他に別種の驚きがあるように感じた。
それを見た僕は怖くなり、恐る恐る尋ねた。
「知ってるの?」
俺が・・・殺した。
(了)
杪夏 @ajisai_24
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