妹が言うことには
笛吹ヒサコ
世界一可愛い妹は、絶対にいるんだ!!
クソッタレぇえええええ!!
なんでいきなり地面が割れえるんだよ。聞いてないぞ。荒れ地の調査とかいう簡単な仕事のはずだろ。たしかに、最近地震が急増してるとかぁ。夜に唸り声が聞こえるとかぁ。実際、モンスターもいなかったし、墓場でもないのにかすな瘴気が漂っててたけど、いきなり地割れって!!
「木こり、おい……」
「黙ってろッ」
クソッタレ。こんなやつ、助ける義理なんかこれっぽっちもねぇのに、体が勝手に動いちまったじゃねぇか。
口では同郷のよしみとかいいながら、やたら絡んでくる面倒くさいだけのこいつと、こんなところでも鉢合わせた段階でとっとと帰ってればよかったんだよ。冒険者のソロデビューとか、クソみたいな意地張るんじゃなかった。
そもそも、昔っから村長の次男のこいつには木こりとか馬鹿にしてきた嫌な奴だったのに、なんでこいつの手をつかんで助けようとしてるんだか、自分が一番知りたい。てか、こんなん肩が外れる、腕がもげる!!
「おい、もういい、離せ」
「だから、黙ってろッ」
わかってる。嫌なやつでも、性根までは腐ってない、こいつを見殺しにしたら、後悔するから体が動いちまったんだって。
でも、俺一人でこいつを助けるなんて無茶だってのも、わかってる。ここで手を離さないと。俺まで一緒に落ちる羽目に――
「あっ。わぁあああああああああああああ!!」
なっちまったじゃねぇかぁああああああああ!!
―
――
―――
「え、死んだのか?」
世界一可愛い妹がハマってるアニメを一緒に鑑賞していた俺は、崖からサブキャラクターが落ちるのを見て、思わず口を挟んでしまった。サブキャラクターとはいえ、妹の推しがこんなところでこんなにも唐突に退場とかあんまりすぎやしないか。てか、主人公、ちゃんと助けてやれよ。「離せ」と言われても、離さないのが、主人公だろうが。
可愛い妹が突然の推しの死にショックを受けてないかと心配になった。だが妹は、冷めた目で肩をすくめただけだった。
「お兄ちゃん、わかってないなぁ」
得意気に顎をツンとそらす妹は、宇宙一可愛い。その小馬鹿にしてくる態度も、最高だ。
「崖落ちは生存フラグ。常識だから。いい? ああいうのは、死体が描写されないかぎり、まず生きてるってこと」
「あの高さで死なないってのは、無理があるんじゃ……」
「もうゴチャゴチャうるさいなぁ。お兄ちゃんなんか、嫌い!!」
そう言って、妹はお気に入りのサメのぬいぐるみを投げつけてきた。
―――
――
―
目を開けると、亀裂の底にいた。
空があんなにも小さくて狭い。とんでもない高さから落ちたが、無傷で生きている。
「うっ」
すぐ近くで呻く声がし体を起こそうとして、まだやつの手をつかんだままだったことに気がついた。暗くて何も見えなかったが、明らかに男の手。誰だかすぐに思い至る。
「お、おわぁああ」
悲しいかな、俺もやつも同じような情けない声を上げて俺たちは同時にバッと手を離した。
生きていたからいいものの、死んだときに男と手を繋いでいたとか、絶対に嫌だ。ていうか、こいつと死ぬのは勘弁してほしい。
しばしの気まずい沈黙の後で、やつも状況が把握できたらしい。「ライトニング」と光魔法で辺りを照らした。基礎レベルでも、魔法が使えるのが羨ましい。
やつは遥か彼方の地上を見上げてため息をつく。
「絶対、死んだと思ったんだがな」
「……だよな」
「じゃあ、なんで俺たちは無傷なんだ?」
「……」
光源を得て簡単に体を確認してみても、やはり無傷だった。なんなら、昨日因縁つけられ路地裏でわからせたときのかすり傷もなくなっている。
魔法に疎い俺でも、かなり高度な回復魔法でもここまで治せないことくらいわかる。
俺はもちろん、やつもいくら首をひねっても答えが出るはずがない。だが、
「あっ」
いつもの癖でさすっていた右手首の腕輪にはめ込まれていた月長石が二つ割れていることに気がついた。
死んだばあちゃんの形見の腕輪にある五つの月長石は身代わりになると聞かされていた。信じていなかったが、本当だったのか。
だとしたら、俺が手を離さないでいたおかげで、やつの分まで身代わりになってくれたんだろう。なんだか、複雑だ。
「どうした?」
「いや、えーっと……」
この腕輪の力かどうかはわからないが、誰にも知られるわけにはいかない。残り三回、死なない力があるなんてとんでもない代物を、木こりになるのが嫌で冒険者になったような俺みたいなやつが持ってると知られたら、きっとロクな目にあわないだろう。きっと血で血を洗う争奪戦になるに決まってる。
「崖落ちは生存フラグってやつじゃないかな」
「は?」
ついさっき見てた夢せいで、ついそんなことを口走ってしまった。
誤魔化しにならない誤魔化しをしてから、そもそも誤魔化さずに適当に流せばよかったと気がついたがもう遅い。
「ああ、あれか。またいもしない妹が教えてくれたってやつか」
「うっ」
馬鹿にしたように鼻で笑うやつに、俺は黙るしかなかった。悲しいかな、無駄に付き合いが長いせいで、妹に関することを必死で言い訳しようとすればするほど馬鹿にされると知っているんだ。
そう、俺には妹はいない。だが、いまだに俺はたまに夢に出てくる妹がいないという現実に違和感を抱いている。あんなに可愛くて賢い妹が存在しないなんて。
また昔のようにからかってくるのかと身構えたが、やつは「まぁいい」と肩をすくめて頭上を仰いだ。
「んなことより、これからどうする?」
「どうするって……」
悔しいことに、木こりの息子の俺よりも村長の次男のやつのほうが頭が回る。
俺たちがいくら頭を使っても答えが出ない奇跡よりも、どうやってここから脱出するかのほうが大問題だ。
「登るのは、絶対無理だろ」
「そのくらいは、木こりでもわかるよな。じゃあ、待つしかないな」
「待つ?」
「ああ、あれだけ揺れたんだぞ。すぐに追加の調査があるはずだ」
「たしかに」
やつの言うことは至極真っ当だ。
下手に動き回らず、体力を温存しつつ、ひたすら助けを待つ。追加の調査で俺たちよりも上級の冒険者が――いや、もしかしたら、もっと上の調査に乗り出す可能性も高い。だが、いつ来るかはわからなし、俺たちに気がつくかどうかも定かではない。やつもそのくらい承知の上で待つと言ったのだろう。
いつもの俺なら、やつの言うことに従っただろう。嫌なやつだが悪いやつでもないやつと二人きりでも、しかたないと自分を納得させただろう。
だが、今の俺は夢の妹に会った直後だ。夢の妹に会うことは、妹の言うところの俺の好転フラグだ。
「俺は第三の道を行くことにするよ」
「第三って……おいおい、正気か?」
俺の視線の先には、闇をのぞかせた巨大な横穴が口を開けている。
「俺は行く。お前はここで……」
「待っていられるか。木こりが行くってのに、俺が行かないわけがないだろ」
「何があっても、俺のせいにするなよ」
「するわけがないだろ。木こりのくせに粋がってんじゃねぇよ」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべるやつにつられて、俺も笑みを見せる。月長石は残り三つもあるし、妹のおかげでこんなところで終わる気がしない。
実は妹はこうも言っていたんだ。
「崖落ちは覚醒フラグのパターンもあるんだからね!」
お兄ちゃん、頑張るよ。
妹が言うことには 笛吹ヒサコ @rosemary_h
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます