最終話 未来へ
北の町に旅行に行ってから、わたしと花にはある変化が訪れていた。
わたしは、いろんな草花が好きだったことを思い出したのだ。
桜が好きだったことも。
ピンクのライラックを見ていて思い出した。
ハンナが花という名前だったこと、そして彼女を――花を大好きだと伝えられたことも、思い出すことに一役買った。
夏先輩が亡くなってから、すべてが色あせてしまっていた。
桜が好きだったことも、他の花が好きだったことも、全部忘れて。
何も感じなくなっていた。
高校のとき、わたしと夏先輩は美術部だった。
いろんな風景を、植物を、人を。
描いて、描いて、ともにそれを美しいと感じていた。
でも、それらがすべてなくなってしまって。桜も、他の花も好きだと思えなくなっていた。
でも、本当は――。全部もとのように好きだと思いたかった。
世界も、草花も、人も。
素敵なものだと、美しいものだと。
どんなに悲しくても、辛くても――また新しい場所に、ものに、人に、出会いたいと思ったから。
わたしは、また絵を描きはじめた。
今は、大輪のひまわりを描いている。これは、花だ。彼女を見たとき、ひまわりのような人だと思ったから。学校とは違って、家で油絵を描くことはできないけれど、水彩かタブレットで描いていくつもりだ。
仕事も、探しはじめた。
また本にかかわる仕事でもいいし、植物に関する仕事でもいい。
とにかく今まで知らずにいたいろいろなことを、あらためて学ぼうと思った。
花は――。
彼女は彼女で、本当に好きだったことを思い出したようだった。
それは美味しいものを食べることと、宝石。
彼女は蛍さんを新型コロナウイルスで亡くしたことで、ずっと外食ができなくなっていた。
それを、わたしと出会ったことで克服しつつあるのだと、そう教えてくれた。
極度に恐れず、かつ感染に気を付けて、美味しいものをまたいろいろ食べたいと。
宝石も幼いころから好きで、両親のようにバイヤーになることをずっと夢見ていたのだそうだ。
一から勉強し直して、いずれは転職しようと考えているらしい。
わたしも、花も、ずっと忘れていたことを思い出せた。
このペリドットがわたしたちを引き寄せて、明日へと未来へと、運んでくれたのだと思う。
わたしたちの胸元には、それぞれ薄緑色の宝石が輝いている。
わたしと花のペリドット。
夏先輩と蛍さんの想いも込められているペリドット。
これを抱いて、これからも新しい好きを見つけていけたらと思っている。
完
彼女と彼女のペリドット 津月あおい @tsuzuki_aoi
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