焼肉の共犯者
寄鍋一人
誰にも話さないで
校舎がオレンジ色に染まった放課後、屋上へ向かう階段を駆け上がる一つの影。
同じクラスの女の子だ。明るくて少し天然で、小柄で目はクリっと丸い。学年のマスコットキャラクターのように可愛がられ、告白されることも多いらしい。僕も例に漏れず、密かに好意を抱いていた。
そんな彼女が珍しく挙動不審だった。周りをキョロキョロと見渡しながら、小さな体には不釣り合いな大きなリュックを見られまいと抱えていた。
気になっている女の子の普段は見られない動きだ。不思議に思いつつ、見てはいけないという気持ちと見てみたいという気持ちが葛藤する。
しかしあまりにも焦っているような動きで、結局好奇心が勝ってしまった。
階段の先、屋上へ出る扉は基本的に鍵はかかっておらず、出入りは自由。ただ人がたむろしていることはなく、滅多に人がいることはない。
彼女が隠れて何かをするには絶好と言えば絶好の場所だ。
扉を開けて見渡す。だがやましいことがあればそんな目立つところにいるわけはなく、壁伝いに裏に歩を進める。
そして扉の真反対に出る直前、ガサリと音がした。思わず足を止め、音がしたほうを覗く。
「ひゃー……」
小声で目を輝かせて感動していた。
リュックから出てきたのは、スーパーで売っている大容量の肉のパック。それとタッパーにはカットされた野菜たち。
「へへっ……」
にやつきながら最後に取り出したのは焼き肉のプレート。慣れた手つきでコードも広げ、コンセントもそこにあって当たり前かのように迷いなく突き刺す。
視線は釘付け。見ることに集中しすぎて、鼻が痒くなっていたことにも気づけなかった。
くしゅっ。無防備に音を響かせる。
「えっ……誰……?」
「あ、ごめん、いや、屋上に行くのが見えて気になって……」
覗いていることがバレた。変態だとかストーカーだとか思われてただろうか。
好きな子にそう思われたら嫌だ。必死に言い訳をして罪が軽くならないかと考える。
だがそんな気持ちとは裏腹に、彼女は怒りを見せることはなかった。
「なんだ、君かぁ」
むしろ微笑みながら、おいで、と手招きするのだ。なんと甘美な誘いだろう。明日死ぬんじゃないかとも思ってしまう。
少し緊張しながらも、プレートを挟んで向かい合う。
それを見て満足したのか、彼女は器用にパックのビニールを外していき、温まったプレートに肉を並べていく。
「ビックリした? 小さい体でこんなに食べて」
見ていた限りでは昼ご飯はしっかり食べていて、そこからさらに肉と野菜を大量に蓄えている。量はたしかに尋常じゃない。
それよりも学校の屋上で焼肉をしているほうに驚いて、どうにも感覚が狂う。
それに全然食べないよりはたくさん食べる女の子は好感が持てるし、何より好きな子が隠れて食べるところを見ることができて役得なのだ。
「いや、別に……良いと思う」
「ふふっ、そう言うと思った」
彼女は肉を焼きながら微笑む。
良いと思う気持ちは誤魔化しでもお世辞でもない。それを想像されていたということが、余計に心臓を跳ねさせる。
顔が熱いのはこのプレートのせいではないだろう。
彼女は黙々と肉と野菜を焼いては食べていく。そのペースは衰えを知らない。
ジューッという焼ける音を聞きながら空を見上げ、隣にいることだけで満足していると、ねぇ、と声をかけられた。振り向けば、差し出されていたのは肉。
「はい、君にもあげる」
「え……」
それは、さっきから君が使っている箸じゃないだろうか。箸の袋のゴミは他には見当たらない。いわゆる間接キスというやつじゃないだろうか。
しかし彼女は戸惑うことなく、箸をぐいとさらに突きつけてくる。
「ほら、早く。肉汁が垂れちゃう」
ええい、ままよ。
パクリと加えれば、絶妙な焼き加減に溢れる肉汁、絡むタレ――。
なんて分かるわけがない。好きな子に食べさせてもらっているこの状況で頭も口もいっぱいだ。
「おいしい?」
無意識なのかは知らないが、あざとく首を傾げてこちらを覗いてくる。これ以上心臓に悪いことをしないでほしい。いや、もっとしてほしい。
「これで君も共犯者」
天使のような、でもどこか小悪魔のような微笑みに、頷くことで精一杯。
共犯者、つまり誰にも話さないでということだ。
好きな子の秘密だ。そんな特権、手放すものか。
焼肉の共犯者 寄鍋一人 @nabeu
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