【SFショートストーリー】エミリアの花園

T.T.

【SFショートストーリー】エミリアの花園

 私の名前はエミリア。

 私には生まれつき知的障害があり、両親は私のことを理解するのに苦労していました。しかし私には、庭園で草花を育てる才能がありました。庭いじりに夢中になると、周囲からは植物と会話しているように見えたといいます。私は細々と庭を整備する仕事を受ける庭師として、わずかな日銭を稼いでいました。それでも私は幸せでした。


 ある日、とある研究者のグループから事前に連絡があり、実験に参加しないかと持ちかけられました。知能を向上させる新しい手術方法の被験者を募集しているとのことだった。私は嫌でしたが、両親に勧められて渋々承諾しました。それは両親の「愛」という重荷でした。


 手術は成功し、日に日に知能が上がっていく私を前に、両親は喜びに包まれました。私は複雑な気持ちになりました。

 やがて私は自身の特殊な能力に気づき始めました。植物の声が聞こえ、木々の気持ちが理解できるようになったのです。これはとても幸福な事でした。


 手術後の私は、単に植物の気持ちを理解するだけでなく、私自身が植物の一部となり、草木の生態を肌で感じ取ることができるようになっていました。


 木々の地中深くに伸びる根の感触、葉の細かい血管を通る水分と栄養の流れ、春の芽吹きから夏の成長、秋の実り、そして冬の休眠にいたるまでの一年の営みを、まるで私自身が経験しているかのように体感できたのです。


 さらに私は、植物が発する極微細な電気信号を読み取る能力も得ました。草木の気分の変化を電気信号の強弱として感知し、傷ついた葉や干からびた枝を瞬時に特定することができたのです。この能力は樹木だけでなく、野草や作物、園芸植物全般に効力を発揮しました。


 私は数々の作物の新品種改良に貢献しました。発芽から収穫に至る全過程を植物の実体験として得られたため、細かな環境変化に対する品種の適応力を的確に判断できました。さらに有害な病虫害を電気信号の変調から早期に検知することで、被害を最小限に食い止められました。この新品種は収量が格段に向上し、世界的な食糧難解消に大きく貢献しました。


 第二に、私は樹木の大規模な移植や植林活動の監督指揮を執らせてもらうことになりました。樹齢数百年以上の大樹を傷つけることなく移植したり、過酷な環境下であっても活着率を高めたりと、かつてない技術を発揮しました。この植林活動は砂漠地域や荒廃した土地の緑化にも功を奏し、地球温暖化防止や環境保護に多大なインパクトを与えました。


 そして第三に、私は植物の自己防衛機能を発見し、新薬開発に道を拓きました。特定の電気信号を検知して植物が発する抗菌物質や毒素の存在を突き止め、人類が利用できる可能性を提示したのです。この発見は新たな天然薬品の宝庫を生み出すきっかけとなり、新薬の開発ラッシュを招きました。その半面で、生物兵器の開発につながる危険性も孕んでいたのですが……。


 しかし私の才能が開花したことで、周囲の人間との溝も生じ始めた。知性が高まれば高まるほど、他者とのコミュニケーションが難しくなっていきました。周りの誰もがあの「愚かだが純粋なエミリア」を私に求め続けていたのです。それはとても苦しいことでした。私は孤独を感じる時間が増えていきました。


 手術から1年が経過した頃、植物との頭の中での会話が、次第に雑音に変わり始めました。いくら集中しても、植物との対話ができなくなってきたのです。気づけば、手術の効果は徐々に、明らかに失われつつありました。


 研究者らは再び手術を提案したが、前回の体験から私は固辞しました。植物とのつながりを取り戻したいという気持ちはありましたが、再度の手術に対する不安も拭えなかったのです。両親はとても悲しみましたが、私の決意は揺らぎませんでした。


 私は次第に元の知能レベルまで落ち込んでいき、かつての才能を失っていきました。両親はこの状況に落胆し、私への接し方に再び戸惑いを見せるようになりました。逆に周囲の人々はかつてのエミリアが戻ってきたと喜んでいるようでした。私は複雑で悲しい気持ちになりました。


 一人になってしまった私は、手術前に庭師だった頃の記憶にすがるようになります。草花の扱い方、庭園の手入れの仕方など、植物の世話をしていた頃を思い出そうとしました。だがそれはすべて霧の彼方に消えてしまっていました。


 ただ、それでも、花の美しさは、あの頃と変わらないままなのです。


 変わらないままなのです。


(了)

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