私をはなさないで

棚霧書生

私をはなさないで

 首輪はまだ私の首にはまっている。けれど、ベッドにつながれていた足枷は随分前に外された。

 ここに来てから何年経っているのか、わからない。カレンダーも時計もないから、監禁されてから早いうちに日付の感覚は失くした。長く伸びた髪をあの人に切ってもらったのは一度や二度ではない。

 扉の向こうで電子レンジがチンと鳴る音がして、しばらくすると彼が部屋まで食事を運んでくる。

「カレーを持ってきたぞ」

「……あの」

 白米に電子レンジで温めるだけのレトルトカレーをかけた食事はこれで五回連続だった。

「なんだ?」

「……カレーは苦手です」

「そうだったか? まあ、もう作っちまったから食ってくれ」

 ベッドの横にある丸テーブルにカレーを盛った皿とスプーンが置き、彼はさっさと部屋を出ていってしまう。

 私がカレーを好まないことを彼は知っているのに、どうしてわざわざこれを用意するのだろう。

「ハヤシライスが食べたい……」

 しかし、私は彼が持ってくるものしか食事にありつけないので仕方なくカレーに手をつける。食べながら、この寝室に設置された監視カメラをじっと見つめる。きっともう電源も入っていないそれはただの置物にすぎない。

「あんなに私を好きだったのに……」

 彼は私のことが好きだった。それは間違いない。好きな気持ちが行き過ぎて私を監禁したのだ。でも、今は……。

 胸がムカムカする。カレーは油っぽくていけない。気持ち悪くなってきた。

「ハァ……」

 結局、カレーは半分ほど残したが、皿を下げにきた彼は特になにも聞いてはくれなかった。


 一週間に二度ある入浴の際、首輪を外してもらう。風呂からあがると再び装着をされるのだが、その日はつけなくていいと言われた。

「どうして……?」

「ずっとつけてるのも苦しいだろ」

「なにを今さら……」

 首元を覆っていたものがなくなって、私は不安を感じていた。今までずっとつけさせていたくせに。どうして今になって取りあげる?

「早く服を着ろ」

「あ、待って……」

 私は彼の服の裾を掴んだ。羞恥に苛まれながらも、震える声で彼に言う。

「シたいです……」

 自分の体を彼に押しつける。私が彼に与えられるものはこれしかないと思った。昔の彼は、頻繁に私を欲しがった……これなら彼を喜ばせられると思っていた。

「俺は今、そういう気分じゃない」

 彼の返答に私は一瞬固まってしまった。

「ッ……そう……ですか」

 体がふるりと震える。寒い。私は急いで衣服を身にまとった。


 足枷もない首輪もない、私を縛るものはなにも……。

 彼は出張があるからと言って家を出た。私は寝室を出て、家の中を動き回った。そして、最後に玄関ドアのドアノブに手をかける。

 ガチャ……

 なんの抵抗もなく、ドアは開いた。風が頬を撫でる。久方ぶりに味わう外の空気を肺いっぱいに吸い込んで私は…………外に出ることなく再びドアを閉じた。


 出張から帰ってきた彼はいつものように変わらずに寝室にいる私を見て、どういうわけか驚いていた。

「おかえりなさい、あなた!」

「ただいま……」

 私は彼に駆け寄り、ぎゅっと抱きつく。腕に強く力を入れて。

「抱きしめてください」

「あぁ」

 彼の腕が私の背に回る。もっと締めつけるように抱いてほしい。私が逃げられないくらいの力で壊れるくらいに押さえつけてほしい。

「私を


終わり

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私をはなさないで 棚霧書生 @katagiri_8

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