限界への挑戦

最時

第1話 Hold on 5.15a

「さて、やるか」


 高さ20m以上で上は大きくかぶさる強傾斜巨大な岩を前に、パートナーのサトルとリードクライミングの準備をする。


「今日は多いな」


 ロープをさばきながらサトルがつぶやいた。


「そうだな」


 周囲の岩にも人が多く、この岩でも何組ものペアがそれぞれの課題を登っている。

 人気の岩場だが平日にこれだけ人が居るのは珍しい。


「ギャラリーが多い方が気合いが入って良いだろ」


「いや、どうだろうな」


 正直、あまり注目されるのは得意じゃない。


「サトウ君」


 聞き覚えのある声に振り向くと田中さんだった。

 これから登るルート「ホールドオン」を整備し作った開拓者。


「お疲れ様です。

 やりますか?」


「いや、譲るよ。

 落とせそうか?」


「落としたいですけど、どうでしょかね」


「田中さん。

 サトウ、オンサイト(初見)トライ失敗したとき三日で落とすって言ってたんですよ」


「一応15a相当と伝えていたんだけどな。

 流石サトウ君だ」


「それをはなすなって!」

 

 二人とも声を上げて笑い、緊張が解けた。

 15aは国内最高難度のグレードだ。

 人間が登れるルートじゃないと思うがやれば奇跡的に登れるときがある。

 最初に登ったときはそこまで難しくないと思っていた。


「今日で何日目のトライなんだ?」


「今日でちょうど50日目です」


「まだまだだな。

 俺は100日まではカウントしてたけど、300日はやってるな」


「すごいですね」


「登れればな。

 おかげで、いろいろ痛めちまったからこれは諦めた。

 登ってくれないと成立しなからな。

 たのむわ。

 ホールドオンを完登してくれ」


「はい。

 だけどこれ15aですか?

 俺の登った15aより一段上だと思いますし、15bはあるんじゃないかと」


「サトウ君が初登したらそれで良いんじゃないかな。

 ホールドオンも俺が付けた仮名だからサトウ君が好きに付けていいよ」


「本当ですか。

 頑張ります」



 ハーネスにロープを結び、シューズを履いて集中する。


「サトウさんがホールドオン本気トライするらしい」


「マジか」


「サトウさんが15登るから降ろすぞ」


「俺も見る」


 周辺の岩からも多くの人が集まってきて、様々な声が響いていた岩場が静まりかえり緊張感が漂う。


「ビレイ(確保)頼む」


「ああ」


 ロープを確保してくれるサトルと拳を合わせて登り始める。


「はっ」


 取り付きから悪い(難しい)。

 全力で岩に指を掛けて一手目を出す。


「おー」


「すげー」


「信じられないな」


「人間じゃねえ」


 それぞれが驚愕を口にする。

 そこから先も悪いホールドが続くが、身体に覚え込ませたムーブでテンポ良く登っていく。

 と言うより、レスト(休む)ポイントのないこのルートはテンポ良く登らなければどんどん体力を吸われて登れない。


「15を楽に登っているように見える」


「無重力か」


「世界が違う」


 そして中間の核心部に着いて、迷わず小さなホールドに繊細かつ全力の力を込めて飛び出す。


「はあっ」


 次のホールドに指を掛けるが足が掛からなかった。


「はなすなっ!」


 田中さんの叫びが聞こえた。

 足が外れたが想定していたムーブの一つだ。


「おー」


 歓声や拍手が上がる。


「いけるんじゃないか」


「ヤバいな」


「神だ」


 しかしここから先も油断出来ない。

 集中して覚え込ませた動きを再現していく。

 

「はあ、はあ、はあ」


 あと一手で終わりだが腕は限界だった。

 行けるか迷っている余裕はない全力で最後の手を出す。


「はああっ」


 掴んだ。

 そしてロープを最後の支点に掛けて拳を上げると下から大歓声が聞こえた。

 みんな拳を上げて応えてくれている。

 田中さんは顔を伏せたまま何度も拳を突き上げていた。

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限界への挑戦 最時 @ryggdrasil

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