ちょう眠い

夏空蝉丸

第1話

 春は眠い。冬のきっつい寒さが和らいで、暖かくて心地よくなる。ってのもあるだろうが、多分、花粉のせいだと思う。この世界を包み込むように降り注いでくる花粉のせいで全ての感覚器官は麻痺して機能を停止させられる。


 だから、俺は椅子に座った状態で顔をうつ伏せにして眠る。


「春はあけぼの……」


 どこからかそんな声が聞こえてくる。だが、気にする必要はない。きっと幻聴だ。まやかしの声だ。もし、違ったとしても俺になすすべはない。文句を言うならば、俺ではなく春に言ってくれ。人間ってのは、お腹が空いたら何か食べなければならないし、眠くなったら寝るものだ。時々、気合でなんとかなるって言う人がいるが、あれは嘘だ。人体の生理に勝つことは出来ない。


 そう思いながら安眠を貪ろうとすると、再び声が聞こえてくる。これは古文だろうか。なら聞く必要はない。俺は古文は意外と詳しいんだ。清少納言も紫式部も太宰治も言っている。春は眠いから仕方がない。と。


 俺は意識を朦朧とさせ、夢の世界に入り込もうとする。だが、それは簡単には許されない。花粉のせいで鼻が詰まっている。呼吸が安定しない。どうしても、ウトウト状態から進まない。


 それに、声が徐々に大きくなってくる。ドップラー効果か? って言いたくなるほど、声色が徐々に低くなっていく。そして、それに比例して声量が大きくなっていく。


「もう、黙っててくれないか?」


 俺は願ったが、完全に無視をされている。声はますます大きくなり、そして、ピタリととまった。


 もしかしたら、俺の願いは届いたのかもしれない。何もはなさないでくれ。という願いが。


 よし、これでゆっくりと寝れるぞ。気合を入れて眠りにつこうとしたら、今度は何処で俺の名前を呼んでいる。いい加減、しつこい。そう思って、思わず声を荒げてしまう。


「静かにしろ。はなさないでくれ」


 と。


 寝ぼけているから、寝言のようになっていたに違いない。モギョモギョとしたちゃんとした言葉になっていなかっただろうが、意図は通じたはずだ。俺は今度こそ眠りにつこうとすると、机がドンという音とともに揺れる。


「おい、授業中に寝てる上に、俺に黙っていろというのか?」


 反射的に顔を上げると、鬼教師の顔が目に飛び込んできた。

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