蕾 つぼみ

雨世界

1 はい。これ、あげる。

 蕾 つぼみ


 卒業に対して思い残したこと? 

 そんなの……、あるに決まってるじゃん。


 はい。これ、あげる。


「これ、あげるよ」

 そう言って、苺は蕾に一つの宝物をくれた。それは、苺がずっと、中学生の三年間。その美しい黒髪につけていた桜の形をした髪留めのアクセサリーだった。

「私にくれるの?」

「欲しかったんでしょ?」にっこりと笑って苺は言う。(確かに欲しかったのだけど、どうしてわかったんだろう?)

「……ありがとう」少し、頬を赤くしながら蕾は言う。

「じゃあ、今度は蕾ね」と苺は言う。

「今度はってなに?」

「それは、プレゼントのお返しに決まってるじゃん」苺は言う。

 なるほど。と蕾は思う。

「別にいいけど、私、プレゼントなんてなにも用意していないよ」蕾は言う。そう言ってから蕾は、苺に贈るためのプレゼントをちゃんとようしておけばよかったと思った。

「それじゃあ、私が欲しいもの、指定してもいい?」少しいたずらっぽい顔をして笑って、苺は言う。

「いいよ。変なものじゃなければ」蕾は言う。

「手紙を書いてよ」苺は言う。

「手紙?」

「うん。手紙。できるだけ長いやつ。それと、この前に一緒に撮った写真かな? それでプレゼントのお返していいよ」苺は言う。

「それでいいの?」蕾は言う。

「うん。それでいいよ」苺は言う。

「わかった。絶対に書く」にっこりと笑って蕾は言う。

「約束だよ。やぶったら、怒るからね」にっこりと笑って苺は言う。

 それから二人はさよならをした。

 家に帰った蕾は、早速苺に送るための手紙を書き始めた。(手紙を書くための道具は帰りにおしゃれな文房具のお店によって買った)

 手紙を書くことは結構苦戦した。

 書きたいことはたくさんあったのだけど、実際に文章にする作業は結構難しかった。(私は普段、文章を書く習慣がないのだ)

 それでも、書きたいことがまとまり始めると、それは結構長い文章になった。便箋三枚分の手紙だ。 

 蕾はその手紙を丁寧に折って、二人で撮った写真と一緒にして、花の模様の封筒の中にそれを入れた。

 桜の花の飾りのある手紙。

 この手紙を明日、学校で苺に渡せば、苺との約束をきちんと果たしたことになる。

 次の日は雪になった。

「あ、雪だ」

 登校中にぶるっと寒さに震えながら、ふかふかの大きめのマフラーを巻き直していると、空から真っ白な雪が降ってきた。

 今年初めての初雪だ。

 雪。……雪か。

 蕾はしばらくの間、その場に立って、冬の空を見上げて、雪の降ってくる風景を見ていた。

 ……去年は、苺と二人で初雪を見たな。

 そんなことを蕾は思い出した。

 するとなんだか、急に胸の奥が痛くなってきた。

 心が熱くなって、それから、なんだか目の奥から、自然と涙が溢れてきた。たくさんの苺との思い出と一緒に、なんだそれは溢れて溢れて止まらなくなった。

「蕾に出会えて、私は幸せだった」と苺は言った。

 それはこっちの台詞だと思った。

 苺にあえて、私は本当に幸せだった。この三年間。本当に楽しかった。苺とお別れをするときがきて、ようやく私は、それが苺と出会ったおかげなんだと気がつくことができた。

 これから中学校を卒業して、高校生になって、大学に通って、それから社会に出て、それから私たちは、……どんな大人になるんだろう? (ちゃんとした大人になれるだろうか? あんまり自信がなかった)

 急に未来が、少しだけ怖くなった。

「くしゅん!」

 蕾はくしゃみをした。

 ……寒い。

 なんだか体が冷えてしまったみたいだった。(雪の中で立ち止まっていたのだから、当たり前といえば、当たり前なんだけど)

「急ごう」

 蕾はそう言って、雪の降る道の上を走り始めた。

 卒業式に向かう同級生たちと一緒に。

 蕾たち三年生を送り出してくれる在校生たちと一緒に。

 蕾は今日、通うことが最後になる中学校に向かって走り始めた。白い息を吐きながら。

 空から降る真っ白な雪を見て、小さく笑いながら。

 走り出した。

 一度走り出すと、走ることが楽しくなった。

 なんだか、それがすっごく不思議だった。

 雪は蕾が走っている間、ずっとずっと、空から大地の上に降り続いていた。

 自分の走る道の先を見て、蕾はにっこりと笑った。蕾の走る道の先には、蕾に手を振っている笑顔の苺の姿があった。


 蕾 つぼみ 終わり

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