女近衛団長セイラ =戦う皇女ララの物語 番外編=

あきこ

女近衛団長セイラ

!」

 そう叫んだのはこの国の女近衛騎士団長、セイラだ。


 う~ん……

 今、この手を放したら俺は今すぐこの崖から落ちるが……

 彼女に俺を持ち上げる力はないだろうな

 このままだとセイラも一緒に落ちることになるかもしれない


 そんなことを心の中で考えているのは、この国の将軍ジュードだ。

 彼は自分の手首を必死で掴んでいるセイラの腕が自分と比べて随分細い事に気付いた。


 ジュードはセイラの腕を掴んでいる左手の力を抜く。


「だめですジュード将軍! 私の腕をください!」

 ジュードの頭上からセイラの怒鳴り声が聞こえて来た。


 *


 今日は新人騎士とのレクリエーション訓練があり、近衛団長のセイラと将軍ジュードも同行していた。

 これは毎年恒例のイベントで、一応訓練と名前がついているが、中身は親睦会で、軍のトップである将軍に顔を覚えてもらうチャンスをつくるという意味合いを持っていた。


 新人騎士の指導係の二人は先に現地に行っている。

 初の森での訓練という事で、今回のテント張りやバーベキューの準備は彼らがすることになっているのだ。

 なので、新人騎士の誘導は将軍ジュードと近衛団長セイラの二人で担当していた。


 今回、王宮に配属された新人騎士は4人。

 4人はジュードとセイラに引率され、少し緊張気味で馬に乗っていた。

 

 途中まで特に問題もなく順調に進んでいたが、現地まであと5キロという所で、暴走馬車に後ろから抜かれた。

 馬車を避けた時、御者が乗っていない事に気付き、そしてジュードとセイラの目の端に、客車部分に乗っている女性と子供の姿が映った。

 ジュードとセイラは、考えるより先に馬を蹴って馬車を追う。

 新人騎士達も慌てて追った。


「ヤバいぞ、この先に崖がある!」

 何とか馬を制御しなければ崖から落ちてしまう。そう考えてジュードは自分の馬を馬車に近付け、馬車に乗り移ろうとする。


「ジュード!」

 すぐにセイラも同じように馬車に乗り移ろうとする。


 ジュードとセイラはなんとか馬車に乗り移ると馬の手綱をつかんだ。


「将軍!」

 後から追いついて来た新人騎士達が叫んだ。


「前にまわれ!」

 ジュードがそう言うと騎士達は馬車の走るラインを誘導するような形で前に出る。


 ジュードは手綱を必死で引っ張った。

 セイラは馬車の中にいる女性と子供の様子を確認し、ふたりを脱出させる方法が無いか考える。


 崖が見えた。

 ジュードは馬が道に沿って走るように、必死で馬の手綱を引き、新人騎士達も馬車が崖側に寄らないように崖側によって走る。

 そしてなんとか崖ギリギリのところで馬は進行方向を変えた。


 しかし、馬が急に進行方向を変えた為に、脱出方法を考えることに集中していたセイラがバランスをくずした。

 はっとしてジュードは馬車から落ちそうになるセイラを掴んで庇ったが、その勢いで今度はジュードがバランスを崩して馬車から落ちた。

 そして勢いが止まらず、そのまま崖から滑り落ちる。


「ジュード将軍!」

 セイラが悲鳴に似た声を上げる。

「馬車に飛び移って馬車をとめなさい!」

 セイラは新人騎士にそう叫びながら馬車から飛び降り、転がる。

 だがすぐに起き上がって崖の方に駆けて行き、膝をついて下を見た。


 ジュードは持ち前の反射神経の良さで、何とか途中に生えていた草と突き出ている岩を掴んでぶら下がっていた。

 足場がなく、完全にぶら下がった状態だ。


 すぐにセイラは手を伸ばし、草を握っているジュードの左手の手首をつかんだ。

 掴んでいる草はちぎれかけていたので、ジュードも反射的にセイラの手首をつかんだ。


 もう少し遅れたら落ちていたかもしれない。


 ジュードは上に登ろうと岩を掴んでいた右手を離し、少し上に掴めそうな岩が無いか手探りで探す。

 しかし、左腕に力を入れて懸垂の状態になった時、ずりっとセイラの体が崖の外側に引っ張られたのがわかり、ジュードは慌て右手で元々掴んでいた岩を掴みなおした。


 そしてこのままだと二人とも落ちてしまうと考えたジュードは、「はなすな」というセイラの声を無視してセイラの腕から手をはなしたのだ。

 しかしセイラはしっかりと掴んだジュードの左手首をはなさなかった。


「手を放せ、セイラ。お前まで落ちるぞ!」

「離せません!」

 セイラが怒鳴る。また少し体が崖の方に動いた。


「もうすぐ新人達が戻ってきます! もう少しだから!」

 セイラは必至だ。


「……」

 ジュードは右の指先に力を込め、なるべくセイラに負担がかからないようにする。


「ったく! 将軍のくせに私を庇うなど! 自覚がなさすぎますよ!」

 文句を言わずにいられなかったのだろう、セイラはジュードに向かって愚痴をぶつける。


「仕方ないだろう、勝手に体が動いたんだから」

 ジュードは妙に落ち着いた声だ。


「ふざけないでください! 私が女だからでしょう!? 後でおぼえておいてくださいよ!!」

 セイラはそう言ってから悲鳴に近い大声で叫ぶ。

「だれか~! 早く戻ってこいっ~!」


 しかし、誰も来ない。

 新人騎士達は全員暴走馬車に張り付いてしまっているのだろう。

 まだ新人の騎士は周りの事に注意を払う能力はないのだ。



「セイラ、落ち着け。大丈夫だ」

 ジュードは落ち着いた声で言う。

「何が大丈夫ですかっ! 私を女扱いしたことを絶対謝ってもらいますからね!」


「そんなことを言われても、お前を女扱いしないなんて事は、俺には無理だ」

「は!?」

「俺は、まだ皇女だったララ様をドルトに連れて行く旅をしている時から、お前の事が気になって仕方が無かった」

「な、何を! それ、今言う事ではないでしょう!?」

「今だから言うんだよ」


 ジュードは少し微笑んでそう言った。

「俺が将軍になってからも独身でいる理由、気付いてるよな?」

「お願いだから! 今は何も!」

 顔を赤くしながらセイラが言う。

 今はそんな場合じゃないだろうとセイラは焦る。


「手を放せセイラ。好きな女を道連れにする気はない」


 ジュードがそう言うとセイラは余計に手に力を込めた。

 しかし、段々と腹が立って来る。

 そして、我慢できずに怒鳴った。


「ふざけないでくださいっ! そんな事言われたら余計に……手を放せるわけないでしょう!」


「気にするな、はなすんだ」

「嫌だ! 絶対に放してなんてやらない! 大体、レクリエーションみたいなこの行事で命を落とした将軍なんてっ……! 末代まで語り継がれて笑い者になりますよ!」


「それは……嫌だなぁ」

「だったらさっさと私の腕を掴んでください! 絶対に引き上げますから!」


「……なんか、立場逆な感じもしてきたな」

「うるさい! 掴めってば!」


「ここで掴んだら、もう……多分、二度と放せないけど、いいか?」

「はいっ??」

 セイラはまた顔を真っ赤にする。

「な、なんで今、そう言う事をいうのかな? もう何もください!」


「今言わなきゃ、もう言えないかもしれないからな」

「なんでもいいから早く私の腕を掴んで下さいって!」


「だから、二度と放せなくなるけど、大丈夫か?」

 ジュードがしつこく言う。


「もう、いいですよ! なんでもいいから私の手を掴んで!」

 根負けしたようにセイラがそう言うとジュードは微笑む。

「わかった」

 ジュードは軽くセイラの腕を掴む。


「もっとしっかりつかんで下さい! 絶対にくださいね!」

「はいはい、もちろん、二度と絶対はなさないよ」


「いまから引き揚げますけど、きっと、私、立てなくなりますから、帰りは将軍が私を連れて帰って下さいよ!」

 顔を赤くしながらセイラが言う。

「え? どういう……」


 セイラの言葉にジュードが質問する暇もなく、物凄い風がふき始めた。


 もっと! 

 ジュードの体を浮かせてこっちに飛ばせるぐらい強い風を!

 お願い、風の精霊たち! 力をかして!


 セイラは必死で念を込めた。


 ジュードの体がふわりと浮き上がり、そして強い風によって放り出されるように崖の上に転がる。

「いって!」

 ジュードが腰をさする。


 セイラはジュードの姿を確認し、そのまま全身から力を抜いた。


「大丈夫か、セイラ!」

 ジュードが慌ててセイラの方に行く。


「大丈夫じゃない……多分、当分動けない」

「お前、本当にすごいな。こんなに強い風が起こせるなんて!」

「……多分、二度と無理だと思います」

 そう言い、セイラは意識を失った。



 ~~*~~


 セイラが目を覚ますと目の前にララの顔があった。


「……! 陛下!」

 セイラは飛び上がりそうな勢いで上半身を起こす。


「セイラ! 無理しないで!」

 慌ててララが止める。

「あなた精霊力を使い果たして、高熱を出しながら戻って来たのよ」

 ララがそう言うとセイラが驚く。


「あ、私、倒れちゃったんですね、やっぱり」


「ええ、状況はジュードから聞いたわ。ここは良くやったと褒めるべきなんでしょうけど、あまり心配させないで!」

「すみません、陛下。私に精霊力を分けて下さったんですね」

「ええ! だからもう大丈夫よ!」


「ありがとうございます」

 そう言い、セイラはベッドから降りる。

「ジュード将軍はどこですか?」

 セイラはララとララの侍女アンナの顔をみて言う。


「あなたをララ様に任せて何か買いに出たわ。すぐに戻るって言ってたけど」

 答えたのはアンナだ。


「そうですか」

 そう言いながらセイラは右手で拳を作り、左手で拳を受けるよう右の拳で左手を叩く。

 パシンッ

 凄く良い音が鳴った。


 その様子をみてララとアンナが首をかしげる。

「なに? どうしたの?」


「ちょっとジュード将軍に気合を入れさせてもらいます」


「は?」

 ララとアンナは驚きの声を上げる。


「私を女扱いして、将軍としてとってはいけない行動をとったので」


 セイラの言葉を聞き、ララとアンナがセイラを慌てて止める。

「いやいや、ちょっと待って、それはやめてあげて」


「なぜです?」


「何故って……将軍はこれからセイラに……ねえ?」

 ララはそう言い、アンナをみた。

「ええ。セイラだって女性に違いないのだし、好意をもっている相手なら庇う為に体が自然に動くのは仕方ない事だわ」


「……」

 ララとアンナの言葉を聞き、セイラは眉間にて指をあてる。それからララとアンナの方を見た。

「将軍、何かいってました?」


 セイラの質問に、ララとアンナは顔を見合わせ、そして少し顔を赤らめて微笑む。


その時、ドアの扉がノックされた。


「丁度もどったみたいね、本人から聞いた方がいいわ」


 ドアが開けられると、ジュードだけでなく、エイドリアンとリタも入って来た。

 ジュードは手に花束を持っている。


 それを見てセイラはなぜかぎくりとし、後退る。

「逃げないのよ、セイラ」

 アンナが言う。

「いや、でも、これは……」

 セイラは緊張した様子だ。


 ドギマギしているセイラに向かってジュードがばっと花束を差し出す。

「セイラ! 今日、死にかけて俺は決心した」


「ちょっと、まって、ここで!」

 セイラはまた後退る。


「いや、ここで皆に誓いたいんだ。セイラ、おれはお前をこれからもずっと守っていきたい。頼むセイラ俺の手を掴んでほしい」


「ジュードは、伯爵ですよね!? 私は貴族ではないですよ!?」

「一代限りだけど、騎士は立派な貴族だ。自分の力で騎士爵を得た君は素晴らしいと思う」


「言っておきますけど、私は陛下の護衛騎士をやめませんよ!」

「ああ、もちろんだ」


「そ、それから……えっと、えっと……」

顔を真っ赤に似てドギマギしながらセイラはバッと奪うようにジュードの手から花束をとる。


「もし騙したら、一刀両断にするから。絶対ね」

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