足して20になったところで

@elwood85

同窓会のテーブルに現れた元カノ

 ここ数年、芸能人が不倫した際に、LINEでのやりとりが証拠として流出することが一般的となった。若手アスリートが、インスタでナンパをした際に送ったDMの流出なんて、もはや日常茶飯事だ。


 僕は、そうしたシーンを見かける度に「危機管理がなってないなぁ」と思う。このご時世、データが残るLINEやインスタのDMは流出するものだと、最初から覚悟しておいた方がいい。誰だって、廊下に張り出されるとわかっていたら、ラブレターなんか出さないだろう。


 しかし、そんな考えが頭をよぎる度に、僕の脳内では苦い記憶が再生される。そして、思うのだ。電子データより何より恐ろしいのは、「人の記憶」である、と。それは、どんなにこちらが捨てて欲しいと願っていても、誰かの脳内に残り続けているのだから。



 年末にしては暖かい12月のある日、当時20代前半だった僕は中学校の同窓会に参加していた。居酒屋で久しぶりに再会する友人たちと近況報告を行い、昔話に花を咲かせる。どこにでもある、ありふれた同窓会だった。


 会も中盤になると気の合った者同士が少人数のグループに分かれて、テーブルを囲むようになる。少し疲れた僕は、みんなの輪から離れて、現在でも親交のあるサッカー部の副キャプテンと2人で少しぬるくなったビールをあおっていた。そんなお世辞にも魅力的とは言えないテーブルに一人の女性がやってくる。それは、僕が中学の時に付き合っていたAさんだった。


 Aさんと僕は、あらゆる意味で「中学生らしい」カップルだったと思う。付き合った期間も2カ月程度だったし、その間に手をつないだことすらなかった。正確を期すならば、Aさんが僕の手首を握った状態で隣り合って歩いたことぐらいはあったかもしれない。


 僕らは学年で初めて誕生したカップルで、まだ「男女が付き合う」ということの意味もよく理解していなかった。僕と別れた後に、Aさんが別の同級生と付き合い、キスをしたという話をひとづてに聞いた時の、当時15歳だった僕の気持ちを想像すると、今でも憐れだなと思う。それでも「Aさんと付き合っていた」という事実は、思春期の美しく、淡い思い出だ。少なくとも僕の記憶の中ではそうだった。


 その当時から10年近い月日が経った。お互い不貞腐れてばかりの10代を過ぎ分別もついて年もとった。僕には、この「楽しい同窓会」の雰囲気を壊す気持ちは微塵もなかったし、彼女もきっとそうであろう。僕と副キャプテンは快くAさんテーブルに迎え入れた。僕は、この決断をその後数年にわたって後悔することになる。



 再会の挨拶もそこそこに、彼女はいきなり「あなたから年賀状もらったけど、字がすっごい汚かったことを覚えてる。ミミズがのたくったような字だった」と言った。僕も肩をすくめて苦笑いしながら、「今はそこそこキレイに書けるようになったよ」などと言い返す。「俺はAと同じクラスだったから、おまえの書いた手紙を代わりに渡したりしてたよな。伝書鳩じゃないっての」。副キャプテンも楽しそうに会話に参加する。


僕も「ミスチルの『シーソーゲーム』に『友人の評価はいまいちでも She so cute』って歌詞があるじゃん。あれにメッチャ共感してさぁ」などと言って反撃する。「友人の評価がいまいちで悪かったな!」とAさんも笑顔で返す。


僕らは、そんな風に盛り上がった。少し照れくさくはあるけれど、一分の隙もない楽しい同窓会だ。このままきっと終了まで微笑ましい時間が続くのだろう。そんな僕の甘い考えを裏切るような方向へと会話が進み始めたのは、酔いが回り始めた23時頃だった。


「結局おまえらは、どれぐらい付き合ってたんだっけ?」アルコールのせいで少し眼を充血させた副キャプテンがたずねる。


「確か2か月ぐらいじゃなかったかな」僕が、そう答えるとAさんは、笑いをかみ殺すように手で口を隠しながら言った。


「一度、別れた後にあなたがもう一度私に告白してくれたことを覚えてる?」


Aさんは、そんな思い出を語り始めた。「おおー、情熱的だねぇ」と副キャプテンが茶々を入れる。しかし、未練がましいものだな15歳の僕よ。だが、それがいいじゃないか。中学生らしくて。僕はアルコールに浸った鈍い脳を回転させながら、そんなことを思う。


「その時に、私はこう言って断ったの。『本当に好きっていう気持ちが10だとしたら、私のあなたに対する気持ちは8だから付き合えない』って」。


なんと中学生らしく、純粋さに溢れた断り方だろう。そんなことを言われた若き日の自分は、どんなことを感じたのだろうか。当時の気持ちを思い出すことはまったくできなかったが、とりあえず、かわいそうだなと思った。だが、実際にもっとかわいそうなことが起こるのは、10年以上の月日が経過してからだったのである。


「それに対して、あなたが何て答えたかは、記憶にあるかな?」


 Aさんは、笑いを堪えきれない様子ながらも、少し焦らすように僕に質問を投げかける。


「覚えてるわけがないよ。なんて言った?」


 意地悪く微笑み続けながらAさんは、「本当に言って大丈夫?」と念を押す。


「なんだよ、早く教えろよ」


 副キャプテンは好奇心をむき出しにして催促する。僕は、この段階になって初めて、これから先に幸せな結末が待っていないだろうと確信することができた。それでも聞かずにはいられない。「大丈夫だから、言えよ」。僕が促すと彼女は渾身のドヤ顔と共に応えた。


「あなたは『君の気持ちが8なら、僕が12好きになるよ』って言ったのよ」


 その瞬間、副キャプテンは、文字通り腹を抱えて笑い出した。一方、僕は、そんな恥ずかしいセリフを臆面もなく口にした過去の自分の横っ面を思いっきり叩いてやりたいと思った。


「たして20になれば良いってものでもないのにね」


 そんな当たり前すぎるセリフで、Aさんは僕にとどめを刺した。

 



 昔ジャンプで記憶を破壊する暗殺者が主人公のマンガがあった。短期間で終わってしまったけど、僕は結構好きだった。あの主人公は実在しないものだろうか。


 このやりとりの後に話した内容については、すっかり忘れてしまったけれど、真っ白な灰状態となった僕は、おそらくそんなマイナー漫画のことを思い出していたのだと思う。


 言ったほうが忘れてしまったことは、言われたほうにも忘れてほしいと思うが、残念ながらそう上手くはいかないらしい。今さら、恥ずかしいLINEやインスタDMを送らないように気を付けたところで、とっくに手遅れだったのだ。相手の心に深く残り続ける恥ずかしい一言を僕はすでに口にしてしまっていたのだから。


「恥の多い生涯をおくってきました」というのは、太宰治の「人間失格」の一節だ。そして、20代前半のこの出来事を思い出すたびに、僕の心を去来する言葉でもある。

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