第三九話 勝利の報せは凱旋する

__クロフォード・ハウス、第一食堂


「ふぁ……」

俺は寝惚け眼で、頭を掻きながら食堂に入った。俺が遅く起きたのもあって、もうあまり人はいなかったが、ウィルやルナ、ハンナたちはまだ朝食を食べていた。


「おお、おはようアルフィー。今朝の新聞読んだか?」

ウィルは角ばったメガネをかけ、カット・アウェイ・フロックコートモーニングコートの上着を脱いだような服装で、葉巻を咥えながら両手で新聞を持ち、こちらをチラリと見ながらそう尋ねた。


「新聞?何かあったのか?」

俺はまさか大陸で何かあったのかとウィルの背中から新聞を覗く。


「ああ、傑作だよ。連中、お得意の掌返しときたもんだ。流石、見事、天晴れだ。」

ウィルはそう言って新聞を俺に手渡した。

その新聞には『我が帝国海軍の英雄ネルソン!ガリア艦隊を壊滅!アルビオンの英雄に祝福を!』と一面大見出しで書かれており、その下には丸々太ったガリアの提督を片足で踏みつける、ユニオン・ジャックを片手に掲げた凛々しいネルソン提督の挿絵が載っていた。


これまで、この新聞社を含めた多くのマスコミは、マスゴミの名の如く、提督のも気もしれずに『ネルソンまたもやガリア艦隊を撃滅失敗!海軍内では解任の声!」と、連中の嘘八百をさも真実であるが如く、報道していたのだった。(迎撃失敗という情報そのものは真実であるが)


「なるほど、これは傑作だ。これにはさぞかし提督もご不満だろうな。」

俺は新聞をパラパラと捲りながら言った。

アルビオンの勝利は見開きにページにも続いて書かれ、どこから流出したのか、戦闘に参加した艦長たちの名とスケッチのようなものが乗っており、そこには『ネルソンと14人の兄弟団』とあった。

尚、大陸でのガリア軍猛進は全くと言っていいほど触れられず、それどころか『ガリア軍四万人マスルエジプトに取り残される。革命ガリア敗北目前!』とまで書かれている。

何ともまあ都合のいい連中だ。


「ところで、昨晩はどうだった?」

俺が新聞を返して自分の席へ向かおうとした時、話の間に食事を終わらせていたウィルが立ち上がり、耳打ちした。


「さ……昨晩?」


「義父を前に、嘘はつかない方が良いぞ。」

ウィルは焦る俺に追い打ちをかける。


「何もなかったよ。別に。」

俺は小さく呟いた。


「ふーん………まあ、お前の気持ちがどうであれ、彼女たちにもっと親身になってやれ。俺からはそれだけだ。」

ウィルは周りを少し見回しながら小声でそう言った。


「朝食は何だ、ウィル?」

俺はやましいことは何もないはずなのに、まるで誤魔化すかの如く食堂にいる全員に聞こえるぐらいの声で話す。


「サンドウィッチだ。元海軍卿に感謝しろよ。」

ウィルは振り返ってニヤリと笑い、食堂を後にした。


「…………」

俺は無言で席に着くと、使用人達が俺に近づき、朝食を机の上に置いた。


「失礼します、男爵閣下。たった今、皇帝陛下より『バッキンガム・ハウス』とのことです。」

使用人らが俺の周りから退くと、次はジェイムズが耳打ちしてきた。


「陛下が?一体何の用だ?」

俺は少し咽せながら後ろを振り向いた。


「私めには皆目見当も付きません。」

ジェイムズは短く答えると、俺の懐に蝋で封された封筒とレターナイフ手渡し、直ぐに立ち去った。


「なになに艦長、その封筒は?」

声と同時に、両肩に何か叩かれる強い衝撃を受けた俺は思わず身体を飛び上がらせて後ろを振り向いた。


「うわっ!?……ああ、ルナか。皇帝陛下からだ。どうも、俺に用があるらしい。」

俺は封筒を左右に振って見せる。


「へぇ……何かやらかしたの?」

ルナは心配しつつも、半分楽しそうに尋ねる。


「まさか。」

実際、やらかしていないと言えば嘘になる。ただ、それが実に些細なものであることを除けば、だが。

しかし、その程度で一海軍士官を呼び出すほど帝国も小さな国家では無かろう。


「あれ、もう行くの?」

俺は朝食を半分も残して早々に席を立ったので、ルナは尋ねる。


「当たり前だ。皇帝陛下から呼び出されたとなれば、飛んででも今すぐに参上せねばならん。。ウィルに頼んで馬車を出してもらおう。ウェストミンスターは歩いて行くには遠すぎる。それに、猶予もあまりないしな。」

俺は片手間に分けを説明する。ウィルかジェイムズの計らいかは知らないが、既に食堂の外には俺の外行きのコートを腕にかけ、スタンバイしている使用人がいた。


「男爵閣下、正面玄関に馬車が待機しております。」

使用人はコートや帽子などを俺に手渡しながら報告した。


「なるほど、今は……一〇時か」

俺は五分ほど時間のズレた懐中時計を取り出し、直ぐにポケットに仕舞った。


「すまない、ルナ。本当に今すぐ行かなくては。」

俺はそう言うと肩や裾の埃を払った。


「大変だね……わかった。帰ってきたらボクが癒してあげるよ!」


「え?ああ、わかった!」

俺は反射的に返事をしてしまったが、訂正も何もできぬまま、そのまま早足で玄関口へと急いだ。


__バッキンガム・ハウス


馬車から降りると、直ぐに偉そうな身なりの男が現れ、何も言わずに俺に手招きした。正門から宮殿内に入ると、三匹のキャバリア・キング・チャールズ・スパニエルが俺の足元を四、五回ほど八の字に走り回って出迎えた。

まあ、直ぐに飽きたのかそのままどこかへ走り抜けて行ったが。


「やあ、久しいね。あー……ファインズ=クリントン卿?」

宮殿内の廊下を、男の後ろに付いて行くように歩いて行くと、ソフィーの一番上の兄──皇太子殿下と鉢合わせた。


「チャールズ、案内はここまでで良い。ここからは私が連れて行く。」

どうも、ジョージ皇太子はこの男とはそれなりに見知った顔のようで、男は相も変わらず仏頂面で、『はい。』とだけ言ってお辞儀し、去っていった。


「お、お久しぶりです。皇太子殿下。」

俺は深々と頭を下げて、殿下の挨拶に応えた。


「クリントン卿、こっちだ。」

殿下はそういうと、無言でスタスタと歩き始めた。


「最後にここを訪れたのはいつだったか?」

ふと、殿下が何の脈絡もなく尋ねた。


「ええと、確かソフィ──皇女殿下にお会いした時ですので、四年ほど前かと。」

俺は記憶を辿りながら答える。あの時はただ、普通に可愛らしいお姫様と言う認識だったが、今となっては凛々しく勇敢で、より大人らしくなった事を考えると、時の流れというものを感じる。無論、可愛らしさや愛らしさも、まだまだ感じるところだが。


「四年、四年、四年………」

殿下はただ呟き続きながら道を進んだ。一瞬、俺は彼がただ適当に歩いているかと思ったが、その考えも過ちであることがわかった。


「ここだ。」

重く、ずっしりとした黒樫製の扉から醸し出される雰囲気に、俺は思わず怖気付いた。明らかに、皇帝陛下がいるような雰囲気ではない。しかし、それでは誰が、何の様に呼んだのだろうか。


「失礼ですが、殿下。ここは?」

俺は次々浮かぶ疑問に堪えきれずに、思わず尋ねてしまった。


「私の部屋だ、クリントン卿。さあ、入りたまえ。」


「で、殿下。」

俺は扉を開く殿下を呼び止める。


「なんだね?」


「殿下、ご無礼をお許しいただけると光栄なのですが……その、私めは皇帝陛下にお呼ばれさせていただいたのです。ですから、殿下のお誘いには今はお応えしかねるといいますか……」

俺はできるだけ懇切丁寧にその場から離れようと画策する。明らかに、いい予感はしない。


「心配せずとも、クリントン卿を呼んだのは私だ。」

まるで、『まだ気付いていなかったのか』とでも言いたげな視線を向けて、そう言った。


「陛下は、持病の容態が少し悪くなられたので、ロンドンの郊外で療養なされている。」

例え身内であっても、一国の主──特に、皇帝のような滅多な位の名を騙るのは、不敬罪にすら値する。

俺は、そんな事が言いたげな表情でもしていたのであろう。殿下はそう付け加えた。

ようは、現皇帝陛下は少なくとも現段階において、かなり危険な状態なのだろう。

昨日までは元気に話していらしたというのに。


「それは……ご、御愁傷様でございます、殿下。──して、話というのは?」

俺はなんと言って良いかわからず、その場に凌ぎに尋ねる。


「妹のことだ。」

やはり。

俺は心の中でそう呟いた。殿下は、俺が見るに、相当のシスコンだ。実は陛下ではなく殿下による呼び立てであった事を知った時から何となく覚悟はしていた。


「殿下、大変無礼を申し上げますが、私めとソフィーは。そして、他の婚約者たちも、殿下が何をどう言おうと、引き離すことはできません。どうか、諦めてください。」

皇族だろうが、次期皇帝だろうが関係ない。覚悟は決まっているのだから。


義兄あにに向かってとは、良い度胸だな?私にそこまでして嫉妬させたいかね?」

殿下は部屋に入り、奥の椅子に腰掛けると、皮肉げに口角を上げて若干不機嫌そうな声色で答える。


「えっ……め、滅相もございません…!」

俺は思わず唖然とし、すぐに頭を下げる。


「謝罪なんぞどうでも良い。本題だが、末の妹のことで頼みがある。」


「末の妹様と言われますと……アミーリア殿下のことでしょうか?」

皇女アミーリア、皇帝ジョージ三世のお気に入りの末娘にして、史実では病により若くしてその生涯を閉じる……だったか。


「ああ、その通りだ。エミリーも昔から病弱だったのだが、近頃また容体が悪くなったので、ウェイマスに保養に行かせたのだ。」

南イングランドのウェスト・サセックスに位置するワージングは、戦時でありながら、近頃有名なリゾート地となりつつあった。

適度な港湾施設を持ち、温暖で、豊かなワージングならば、保養地としては最適だろう。

ガリアと海峡を挟んで面していることを除けばだが。


「は、はぁ……失礼ですが殿下、それと私が呼び出されることに何の関係が?」


「ああ、向こうでエミリーの世話をしている侍従がいるのだが、どうも、それに傾倒しているらしい。」


「それで……私にどうしろと?」

俺は未だに首を傾げる。


「それの名を聞けば理解できるだろう。侍従の名は『チャールズ・フィッツロイ』だ。」


「フィッツロイ?」

俺は思わず聞き返す。


「ああ、聞き覚えがあるかと思うが?」


「ええ。しかし、確かサザンプトン男爵であったと存じ上げますが。私の艦の副長は紡績社の出身であります。」

たまたま、彼がエドから第一連隊近衛連隊の中隊長に任ぜられたという話を聞いていなければ、俺は名前も分からなかっただろう。


「もちろん、それくらい知っている。奴は君の副長の従兄弟だ。エミリーは互いに愛し合っていると思っているが、私の考えでは、奴はかなりの野心家だ。奴はエミリーを利用しようとしている。」

一旦殿下は唾を飲み込んだ。


「私が心底嫌っている事は、大切な家族が、何処の馬の骨とも知れん奴に取られる事だ。だが、それよりももっと嫌う事は、家族が不幸な目に遭う事だ。どうか、君には実情を探り出し、そして──」


「別れさせろ、と?」

殿下が口篭ったのを見て、俺は言葉を引き取った。


「野暮なことをお聞きしますが、私である必要があるのですか?」


「奴は巧妙で狡猾な男だ。皇族の関係者はほとんど顔が割れている。その点、君は奴に顔が割れてないが、共通点が多い。奴のいとこの上司であり、ソフィーとこ、こ、婚約……している。」

殿下は苦虫を噛み潰したような顔で、最後の言葉を捻り出した。


「そ、そういうことでしたら……まあ、お引き受けいたしましょう。」


「そうでなくては困る。しかし、頼んだぞ。今回の件も、ソフィアのことも……何を見ている、用が済んだのだから、さっさっと帰りたまえ。」

殿下は、照れ隠しのためか、単なる気分か、俺に背を向けると、右手を軽く振って、出ていくよう促した。


「しょ、承知いたしました。では、失礼いたします。」

俺は背を向ける殿下に敬礼すると、黙って部屋を後にした。


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 長らくお待たせいたしました!帰ってきたhi9h1and3rsでございます!


 ここ5週間もの失踪の間、別に書籍化が決まったりだとか、そういった事は何一つありませんでした。要するに、何もしていない、ということですね。いわゆるスランプというやつです。

 しかし、こうして勝手に休んでいる間にも、結構な方々が本小説を応援してくださり、事実、フォロワーの方も割と、というよりかなり増えたようで、大変ありがたい思いでいっぱいでございます。

 今後、このように“少し”遅れることもありますが、応援を続けていただければ、励みになりますので、次話投稿の可能性もある!……はずですので、何卒よろしくお願いします。


P.S.投稿日程と頻度変更しました。


 訂正、応援コメント、何でもください!

『いいな』と思ったらレビュー、☆、フォローなど何卒よろしくお願いします!


 次回 いざ行かん、リゾート地 お楽しみに!

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前世一等航海士の俺が転生して海軍に入ったら何故か周りの美少女乗員から慕われまくってるんだが Hi9h1and3rs @Hi9h1and3rs

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