第三八話 運命の会議
__クロフォード・ハウスの応接室
「艦長?こんなところに呼び出して、一体全体何事でしょうか?」
ソフィアが、長めのソファに他の婚約者と共に五人で並んで腰掛け、不思議そうに首を傾げる。
「ソフィーちゃん、何となく察して……」
そんなソフィーに、思わずハンナはツッコんだ。
「話を始めるぞ、いいか?この話はできるだけ、早急に、そして完璧な解決を目指す必要がある。」
俺は、若干の緊張と、己の不甲斐無さに挟まれながら、重い口を開いた。
「と、言うとやはり……?」
メアリーは、その脚線美を見せびらかすかのように脚を組んでいた。
「ああ、今のところ、俺たちの結婚と言うのはあまり二、三時間前にも、ウィルやエドを交えて話をしたが………ご覧の通りだ。」
俺は両手を軽く広げ、何の案も出なかったことをアピールした。
「そ、それでは……私たちはどうなるのですか………?」
メイが、ひどく不安そうに尋ねる。
「最悪の場合、婚約破棄だ………無論、俺は何があっても皆んなを守ると誓ったんだ。だから、俺からそういう事は絶対にあり得ないという事だけは分かっておいてくれ。」
俺がその言葉を口にした途端、五人が一様に暗く、絶望の表情を浮かべたが、次の言葉には、少し表情が和らいだ。
「と、いう事で君たちには今から、その脳みそをフルに回転させて、最善策を捻り出して欲しい。可能であるか?」
保護者という事で相席するウィルが、俺が何とも言いづらそうにしているのを汲み取ってか、言葉を引き受けた。
「も、もちろん。」
ルナが五人を代表して、頷いた。他の四人も同様に頷くあたり、急な事で動揺しているらしいが、大丈夫なようだ。
「一応、俺たちが話し合って出てきたのは、一人と結婚し、他は愛人として同棲するって言う話だが……まあ、さっきも言った通り、即却下した。当たり前だ。」
俺は軽く、三人で話し合った時の話の概要を説明した。
「そうですねぇ……教会を騙すのはいかがでしょう?」
ソフィーが少し手を顎に当て、俯いた後で、提案した。
「騙す?一体どういう事だ?」
俺は思わず尋ねる。
「だって、アルビオン本土は幾ら小さいとは言っても、インゲリスだけで四八の州が、本土全体なら一〇〇あまりもの州があるんですよ。それだけあれば、どこで誰が結婚したって、教会本部は気付くはずもないでしょう?」
俺は、その突拍子もない意見に大いに驚く反面、どこか納得してしまった。
「それは……少し非現実的じゃないか?」
ウィルも俺と同じような奇妙な表情を浮かべ、尋ねる。そう言えば、ウィルは彼女の正体に気づいていないであったな。
「そうでもありませんよ?多少名前を偽造した程度、お金を幾らか多めに払えば、済む話です。」
ソフィーは飄々と、まるで
しかし、人間すら殺した身の上で今更このようなことを言うのはおかしいことだが、やはりあまり人の道に外れた事はしたくない。
「悪くはないが……あまり気乗りは………」
俺は遠慮がちにそう言う。
「そうですか?私はとても良い案だと思いますよ。」
そこに、ハンナがすかさず言った。
「まあまあ、そういう艦長の優しいところがいいんじゃないか。まあ、アタシもこの案には賛成だが。」
メアリーもソフィーの肩を掴み、賛成の意を示した。
「ボクも賛成だよ。お金なんて、ガリアの船を一、二隻拿捕すればすぐ集まるさ。」
ルナも笑みを浮かべてそう言った。
「わ、私も………」
ついに、メイまでもが手を挙げて賛成の意を示し、俺は受けいるざるを得なくなった。
「わかった……それじゃあ、俺も、承諾しよう。」
俺の答えに、五人は満足そうに頷いた。
「おお、まさかそこまで早く事が進むとはな。だが、挙式はともかく、公式の場での妻はどうするんだ?まさか、五人全員と言うわけにはいかないだろう?」
ウィルは、尋ねる。
「そう……そうだな。俺は、今後一生、海軍職を自ら手放す気は無い。それに俺の爵位なんて合ってないようなものだ。ならば、秘密裏に全員と結婚しようじゃないか。」
俺は自身の胸を強く叩き、自信気に応えた。五人の不安げな顔はそれぞれに明るく輝き、希望に満ちた。
「最早俺はアルフィー、お前を止めるつもりは無いよ。それに、止めたって無駄だろうしな。式はいつにするつもりなんだ?」
ウィルも観念し、更に尋ねた。
「そうだな、一八〇二年のどこかが丁度良いだろう。少なくとも三月二五日以降。遅くとも次の年の五月以内には挙げるべきだ。」
あまりにも早すぎる決断に、一同は皆驚愕した。もし、この場にエドがいれば、なぜこの時期を選んだのかは直ぐにわかるだろう。
一八〇二年三月二五日、この日は前世における、フランス革命戦争を終わらせた、英仏間の講和条約アミアンの和約の締結日である。無論、締結日当日に式を挙げるのは不可能であろうことから、締結から式まで最低でも一ヶ月はかかるだろうが。
「ち、ちなみに何故そこまでピンポイントに……?」
ハンナが尋ねる。
「そりゃあまあ、戦争の終結の目処が立ちそうだからだ。」
「そこまでかかるものかい?ガリアの猛将たるナポレオンは此間の戦いで
俺の言葉に、すかさずメアリーが反応する
「ああ、上手くナポレオンの脱出を防ぐことができればな。このままの流れでは、オストマルクは一旦は北
要するに、レオーベンの和約を破ったオーストリア軍が北イタリアで攻勢を続ける。
しかし、一七九九年にエジプトを抜け出し、ナポレオンがブリュメール一八日のクーデターを起こす。
翌一八〇〇年にマレンゴの戦いでオーストリア軍を打ち負かし、ボーエンリンデンの戦いでオーストリアを第二次対仏大同盟から離脱させ、一八〇一年のリュネヴィルの条約によって同盟が解体され、最終的にアミアンの和約に繋がる、という訳だ。
「ふーむ……あたしはそうは思えないがなぁ………」
メアリーはそれでも、納得いかない様子だった。
「賭けてもいいさ、絶対に一八〇二年だ。」
俺はそう言って笑った。
「ほほう?賭けでは負け知らずのアタシに賭けを挑むとはね。受けて立つよ。あたしは一八〇〇年だ。」
メアリーは負けじと宣言する。
「こらこらお二人さん、賭け事は後にしてくれ。とりあえず、今回の話し合いは全員一致という事で終わったわけだが、他に何か言いたいことはあるかい?」
ウィルが俺とメアリーの話し合いに割り込んで、話をまとめた。
「いいや、俺は無いよ。」
一番に俺が答えた。
「私もありません。」
ハンナが俺に続いた。なぜか、そう言われたウィルの眼は悲しげに見えたのは気のせいだろう。
「私も、特には。」
ソフィーも首を横に振った。
「ボクも無いね、満足だよ。」
どこからか、夕食のデザートのクッキーを取り出し、ルナもそう答えた。
「あたしもだ。」
メアリーは未だ賭けのことに頭が一杯のようで、どれだけ賭けようかを呟いていた。
「わ、私もです……」
最後に、メイがそう答えると、ウィルは軽く頷き、腰を上げた。
「ああ、そうだアルフィー。」
部屋を後にしようと、ウィルが、扉の取手に手をかけたところでふと思い出したように俺に話しかけた。
「どうした?」
「あー、お前の部屋が爆発した。大きめの客室があるから、そっちに移ってくれ。大体六人前後は人が住めるようになっているから、広々使えるぞ。」
ウィルはそう言うが、嘘なのは明らかだった。そもそも、爆破音などしていないし、揺れも、匂いも無かった。更に、わざわざ六人部屋という事を強調したのにも、意味があるのだろう。
「ウィル、お前、一体何を──」
俺が尋ねようとすると、ウィルが鋭い目つきで睨みつけ、思わず俺は言葉を飲み込んだ。
「よろしい。それじゃあ、部屋まではジェイムズが案内してくれる。じゃあな、いい夜を過ごせよ。」
ウィルはそう言うと、部屋を後にした。
「……そ、そう言う事らしいから、俺は早めに部屋に戻るよ。」
俺は若干唖然として、五人にそう言って、扉の取手に手をかけた。
「ボク、新しい部屋見てみたいかも!」
すると、ルナが突如そう言うと、他の四人も同じように申し出た。
「な、ならまあ………来るか?多分、面白いもの何もないだろうけど。」
俺は想定していない謎の反応に若干困惑しつつも、同伴を許可し、部屋まで行った。
__クロフォード・ハウス、アルフレッドの客室
「おお、本当に広い部屋だな。」
ジェイムズが扉を開くと、先ず煌びやかで巨大な部屋が目に入った。
部屋は三〇畳近くはありそうなぐらいに広く、壁には大きめのクローゼットと、広めのテーブルに書き物机が設置されていた。
また、なぜかはわからないが、本来設置されていたのであろう天蓋付きのクイーンサイズのベッドとは別に、キングサイズの普通のベッドを二つ、無理矢理接続したようなベッドが置いてあった。
「うわっ、ものすごく広いじゃん。いいなぁ、艦長。」
俺のすぐ後に部屋に入ってきたルナは、連結式キングサイズベッドに勢いよく腰掛け、そのまま仰向けになった。
「旦那様より、ご希望であれば、そちらの部屋を使用しても構われないとのことです。」
ジェイムズが、ルナの言葉に待ってましたとばかりに答えた。
「ええっ、いいの!?」
「ええ。旦那様より、そう承りましたので。」
「じゃ、じゃあ、私今日はここで寝たいです………」
メイは控え身にそう申し出る。
「あっ、私もです!」
ハンナがその後に続くと、残りの三人もここに残ると言い出した。
「まあ、そういう事なら……」
俺はよくわからずに、それも承諾した。
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多分あと数話でこの章も終わります(ネタがないので)
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