第三七話 愛する者を守るには

__ロンドンの心臓部、メイフェア地区クロフォード・メイン・ストリート、クロフォード・ハウス


「ウィル!」


「アルフィー!」


「やあ、また会えて嬉しいよ。なあ、噂は聞いてるぜ?相棒。手紙だけ寄越して、直接会いに来ないなんて、ぶちのめしてやろうかと思ったぜ?」

俺とウィルは固く抱き合い、背中を叩いた。


「済まない。皇帝陛下に会っていたんだ。そりゃ、会えるなら会いに行きたかったさ。」

俺たちは手を離し、俺は笑いながら訳を説明する。


「なら仕方ない。それに、お前が来るまでの間、良い友人に出会えたよ。」

ウィルはそう言うと、屋敷の奥の方を振り向いた。俺もそれに合わせ、奥を見つめた。


「アルフィー!」

間も無く、奥から出てきたのは、良く見知った戦友の顔だった。


「エド!どうしてここに?」

懐かしのエドワードは相変わらず爽やかな笑顔で笑うが、その奥には確かに、長き戦いによる、疲弊と苦痛の色が見えた。


「それが、ヴァンデでの敗北の後、何とか本国に撤退できたのは良かったんだけど、撤退の殿しんがりを努めたうちの軽歩兵中隊は損害が酷くて。再編が完了するまで、療養も兼ねて、こっちに留まることになったんだ。

ここに居るのは……まあ、事の成り行きだ。それで、そっちはどうだったんだい?」

エドは肩をすくめて尋ねる。


「うーん、まあ、色々だな。時期にマスコミ連中も報せを嗅ぎつけて報道し出すだろう。『帝立海軍大勝利!ネルソン提督大手柄!』多分こんな感じの見出しだな。」

俺は皮肉げに笑って見せた。マスコミと言うものはどの世界でも同じもので、普段は散々政府やら軍やらを批判するくせに、こういう時だけは掌を返して褒めやがるのだ。


「なるほど、察しがついたよ。ささ、こんなところで長話していても仕方ない。中に入ろう。皆さんも、遠慮せずにどうぞ中へ。」

ウィルは、俺たち三人が勝手に玄関口で盛り上がっている中完全に蚊帳の外だったハンナたちを手招きして、屋敷へ入って行った。


__クロフォード伯邸内


「さあさあお嬢さん方、そして野郎共よ。ようこそ我が屋敷クロフォード・ハウスへ!」

ウィルは屋敷に入るや否や、大袈裟な手振りをしながら俺たちの一団を振り返り、そう歓迎した。


「うわぁ……」

俺たちが屋敷に入ってまず最初に出た感想がそれだった。

それだけかと言われれば、本当にそれだけだが、その言葉にはこの屋敷の荘厳さがどれほどのものかを表していた。


「いやあ、友人も少ないし、中々誰も訪ねてこないもんで装飾品を全部売っぱらおうと思っていたが、その顔が見られるならもう少し残しておこうかな。」

唖然とする俺たちに、ウィルはイタズラな笑みを振り撒いた。 


「ああそうだ、客人を客間に案内しなくてはな。ジェームズ!アグネス!」

ウィルはそう言うと、男女らしい二人の名前を叫んだ。すると、玄関ホールで二手に分かれて整列していた使用人の中でも、手前側に居た筋骨隆々な中年ぐらいの男性と、奥の方にいた若々しい女性がこちらへ早足で歩いてきた。

アグネスと思わ織女性の方は、ジェイムズと思わしき男性がいわゆるマッチョマン体型なのに対し、全体的に細身で、スラリと背が高かった。


「我が主人のご友人方、ようこそクロフォード・ハウスへ。私は我が主人のランド・スチュワードの、ジェイムズ・マクファーソンと申します。以後、お見知り置きを。」

ランド・スチュワード──それは即ちこのロンドンの邸宅どころか、クロフォード伯の所有する全ての領地を管理し、ウィルの抱える雑務を司る全使用人の中で最も位の高い役職である。

そして、そんな彼の何よりよく目を引いたのはあの熊の様なダンカン北海艦隊司令より高いかも知れない、背の高さだった。軽く六.七フィート約二メートルを越えそうなその図体は、彼に比べて背の低いハンナたちの前に立つと、より高く見えた。


「皆様の滞在を、クロフォード家の使用人一同、歓迎いたします。」

ジェイムズは恭しく一礼すると、一歩後ろに下がり、アグネスらしき女性に場を譲った。


「パーラーメイドのアグネス・マッキントッシュでございます。ご令嬢方の案内に参りました。よろしくお願いいたします。」

アグネスは容姿は端麗ではあるものの、うちの婚約者たちに比べれば特筆すべきのものではなく、どちらかと言えば俺が驚いたのは、彼女の給仕服の方だった。


この時代は、まだメイド服のメの字すら確立されていないレベルのものであったが、彼女の給仕服──いや、彼女以外のパーラーメイドの給仕服もだが、皆が全く同じ、現代人の想像するようなメイド服を着ていたのだった。


「ああ、しばらくの間よろしく頼む。俺はアルフレッド・ファインズ=クリントン。こっちはハンナ・クロフォード──まあ知っていると思うが。そっちはソフィア・スペンサー。その隣はルナ・エバン、右隣はシャーロット・フィッツロイ、左隣はメイベル・サロウ。それとあっちはメアリー・ラカム、その隣はエドワード・アシュリー=クーパーだ。」

俺が一人一人紹介すると、彼女たちはそれに合わせて軽く会釈とお辞儀をした。ただ、ソフィーに関しては、普段使い慣れていない偽名に若干動揺したが。


「ああ、我が娘よ。一段と可愛くなったようだな?ああ、こんな間抜けの下に置いておくのはあまりにも勿体無い………」

ウィルは、俺との再会にばかり気を取られていたが、ハンナの存在に今一度気が付いたらしく、俺を恨めしそうに笑って言った。


「何だよ、文句があるのか?ハンナ、あの生意気な父親に言ってやれ。」

俺はハンナの背に隠れるようにして、悪戯に笑いながらハンナをけしかける。


「もうっ、お父さんも艦長も、再開出来たのが嬉しいのは分かりますけど、せめてもう少し節度を持ってください!」

ハンナは照れながら俺たち二人を叱る。


「ははっ、嫁に怒られてどうするんだ、アルフィー。それに、娘にもな、ウィル。さあ、部屋に通してもらおうか。」

エドが笑って仲裁に入り、俺たちは各部屋に通された。


__ウィルの書斎

ホールでの挨拶から更に数時間が経ち、全員が私物を部屋に運び終えた後で、互いの部屋に遊びに行っていた。

俺、ウィル、エドは、三人でウィルの書斎に集まり、他愛無い話を交わしていた。


「それで、アルフィー、俺に何か言いたい事があって来たんだろ?まさか、ハンナとの婚約とかか?」

ウィルは、ふと思い出したかのように俺に尋ねた。

こうやって話し合うのは俺が頼んだことだし、裏があるように感じられるのも無理はない。実際そうなのだから。

そして、ウィルが言うことは寸分の狂いもなく的中していたのであった。


「………大正解だよ、ウィル。」

俺は一瞬で見抜かれたことに若干気まずそうになって答える。


「まあ、だろうな。おいおいアルフィー、んな顔するなよ。俺は一向に構はしないさ。無論、ハンナが嫌がるようなら話は別だが。ああ、後、何があっても俺のことを“お義父さん”だなんて呼ぶんじゃないぞ。」

俺の予想とは反対に、ウィルは寧ろ『お前みたいなのに拾って貰えたなら安心だ。』とでも言うように言った。

養子に対する親の気持ちなどというのは、大概その様なものなのだろうかと考えるが、単にウィルが頭のネジを母親の胎内に置いてきてしまっただけなんだと思い直した。


「それは……ありがたい。ただ、許して欲しいことは他にもあってだな………」

俺は一旦は安堵するが、もう一つ言わなければならないことがある。


「どうした?」


「実は、俺にはあと四人ほど婚約者が居てだな………」

気不味そうに俺は話を続ける。


「……冗談だと言ってくれよアルフィー、嘘だろ?」

ウィルは額に手を当て、信じられないとばかりに尋ねる。


「ああ、大真面目だ。ウィル、俺は君との友情に甘える気は無い。君が親友として俺を引き留めたいのであれば、俺はそれを親友として聞き入れて、思慮する。」

俺は先ほどの弱々しい態度から、凛とした、鋭い視線を兼ね備えた覚悟のある声色を演出する。

無論、演出とは言っても事実であることに変わりは無いが。


「……アルフィー、俺はアルビオンの政治家だ。二年前からな。そして、アルビオンの法では、必ず男は一人の女と、女は一人の男と結婚しなくればならないと定められている。」

ウィルは俺に詰め寄り、真剣に言う。

確か、ウィリアムは一七九六年に海軍を海尉で退役して、貴族院議員としてアルビオン帝国議会に列を成したのだ。ウィルはその事を言っているのだろう。


「ならば、法を変えよう。必要があるのであれば、俺は今すぐ海軍を退役して、政界に身を投じよう。」

俺はそれに対し、何にも揺るがぬ絶対的な意志で言った。


「………俺の負けだよ、アルフィー。俺はお前が夢を諦めてでもそんな事をさせたくは無い。」

ウィルは遂に俺の言葉に折れ、再度椅子に座り直した。


「あー……二人とも、いい感じのところ悪いんだけど、それじゃあ帝国の法を破ってしまうんじゃ?」

今までずっと口を開かず、紅茶を時々含みながら傍観していたエドが、ここでようやくその口を開いた。


「そう、それの事なんだが………」

ウィルが口を開いた。


「アルフィー、お前は誰か一人を正式に娶るんだ。まあ、俺個人としてはハンナが相応しいと思うが。まあ、その後で、残りの四人とは公妾として関係を持つ。こうすれば良いんじゃないか?」

ウィルはそう提案するが、俺個人としては却下だった。エドも目配せで同じような旨を伝えてきた。


「いや……あまり良いとは思えないな。彼女たちがどう思うかはともかくとして、俺はあまり彼女たちに格差を作りたくない。」


「うーん……なら、仕方ないか。他にいい案ねぇ………」

ウィルは俺の意見にすぐに頷き、撤回した。


「なあウィル、ところでだが、俺と彼女たちの問題を俺たちだけで話すのはアンフェアじゃないか?」

俺はふと思い出したようにそう提案する。このやり方では、まるで俺を中心にした格差社会のようで、気が進まない。


「それもそうだ、アルフィー。ウィル、ここは僕からも、一旦彼女たちを交えるべきだと提案するよ。」

エドも、俺の意見に賛成し、進言する。


「そうだな。わかった。それじゃあ、今晩夕食が終わったら、真っ直ぐ応接室で話し合おう。」

ウィルはそう言うと、カップに残った最後の紅茶を飲み干した。


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今日の感謝のコーナー

 鼠遊アルフレッド様、レビューありがとうございます!



 なんとか予定通りに投稿できて嬉しいhi9h1and3rsでございます!

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 次回 運命の会議 お楽しみに!

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