第三六話 ご報告

__一七九八年五月一三日、地中海、暗黒アフリカ大陸沿岸


波が上下し、風に旗がなびき、船の舳先は波を切り、着々と次の目的地であるジブラルタルへとインディファティガブルは歩みを進めていた。


「艦長、少しお話よろしいでしょうか?」

ガリアが実効支配している地域が付近に多数存在する事から、『いつどこから奇襲されるかわからない』と神経質そうに海の先を満遍なく見渡す俺に、背後からそっとソフィーが話しかけてきた。

両手には丸々太ったネズミを咥え、誇らしげにソフィーを見上げるサリーを抱えていたが、俺が話しかけられたことに驚き肩をビクつかせたことに触発されてサリーも驚き、ソフィーの腕から飛び上がり、俺に軽蔑するように一瞥し、去って行った。


「ソフィーか。どうしたんだ?」

俺はサリーに詫びるような視線を向け、すぐにソフィーに向き直った。


「聞きましたよ。ルナさんとハンナちゃんのこと。」

ソフィーは、若干不機嫌そうに、ぶっきらぼうに話し出した。念の為二人には秘密で、と頼んでおいたが、ルナにバレていた時に薄々勘付いていた通り、最早噂を止めるには遅すぎたようだ。


「二人と婚約するのがアリなら、三人も変わらないですよね?」

ソフィーは今度は期待を込めるような視線を俺に向ける。

にしても何故だろうか、ハンナに想いを伝えたその日から、あまりにも沢山の同僚から気持ちを打ち明けられすぎるのは。


「つまり………?」

俺は逃げ腰気味にそう言う。ルナの時もそうだったが、俺は仲間を誰も悲しませたくはない。

それが俺の行動の基本原理であり、それが揺らぐことは一生ないだろう。

というか流石に三人は経済的に……いや、いくら皇族だとしても…………

 

「私のことが嫌いですか…………?」

ソフィーは涙ぐんで尋ねる。

おかしいな、どこかで見たような……………


「大好きです。」

嫌いなわけない!……しかし、互いの立場上、こういうことは………ああ、またか。


「えへへ……私も大好きですよっ!」

キッパリとした俺の物言いに、ソフィーは満足そうに笑って、俺に抱きついた。


「それは……良かった。」

俺は若干締め付けられる腹の痛みに耐えながら、ソフィーの頭を軽く撫でた。

……この調子じゃ、メアリーとかも来るなのだろうか。


__五月二〇日、ジブラルタル


結果から言えば、俺はこの一週間の内に、五人の婚約者となった。

因みに、四番目がメイで、五番目がメアリーだった。


__


「い、今言おう、今言おうと、今まで心の中で言ってばかりで、勇気が出なかったんですけど……わ、私、艦長が大好きです!婚約してください!」


__


「アタシを差し置いて四人と婚約するなんて、良い度胸じゃないか?責任取ってホントの旦那様になってくれるんだろう?」


__


二人とも、ハンナやルナ、ソフィーとの噂を聞きつけて来たようで、船というコミュニティの小ささを痛感した。


「婚約おめでとう、式には招待してくれよ。」

タグボートを経由して、地中海旗艦のヴィクトリーに乗り込んだ俺と護衛のシアを迎えたのは、何とジョン・ジャーヴィス艦隊司令その人だった。


「ええ、わかりまし──えっ」

俺は、あまりに自然な司令の物言いに思わず違和感なくそのまま話を進めるところだったが、辛うじて止まった。


「うん?噂で耳にしたが、間違っていたかな?」

確かにここに来たのは昨日、西の空がほとんど紫色に染まったころだった。しかし、早朝になってから尋ねるべきだと判断した俺は、来港して乗員を上陸させただけだったのだ。


「い、いえ……」

俺は司令の鋭い質問に渋々頷いた。


「ほほう、やはりか。それで、誰と婚約したんだ?」

ジャーヴィス提督は、俺の戦闘報告も全くお構いなしに、ズイズイと詰め寄る。


「えーと……」

俺が口篭って目を逸らすのをみて、司令は若干不機嫌そうな表情になり、俺の目をまっすぐ見た。


「………つまり、君は、クリストス教の教えを無視したわけだな?世間からの批判は決して少なくも、甘くもないぞ?彼女らがその対象になることは一目瞭然だ。それがわかっているのか?」

今までで初めて見る司令の厳しい目つきに、俺は思わず萎縮してしまう。

……いいや、違う。そんな心構えじゃダメなんだ。俺は五人を必ず守ると、そう誓ったのだから。


「…………はい。例え司令から何と言われようと、如何なる圧力を受けようと、私たちの思いは皇帝陛下ですら、止めることはできません。私は、彼女たちを守ると誓ったのです。そのためならばこの左目のように光を失えども、護り切って見せましょう。」

俺は航海中に余った牛皮を使って作った眼帯を上げて見せ、残った右目はハッキリと司令を睨みつけた。


「そうか。それが聞けて良かった。精進したまえよ。」

司令は俺の覚悟に満ちた表情に、ホッとしたように釣り上がった眉を緩め、柔らかく微笑んだ。


「ただ……」

俺はようやく安心して胸を撫で下ろしたところで、司令はそう言った。


「た……ただ?」

俺は恐る恐る聞き返す。


「色恋に現を抜かして職務が疎かにならんようにな。」

司令は怯える俺を笑いながらそう言った。


「し、司令……驚かせないでくださいよ…………」


「ああ、そうそう、海戦の結果だが………」

司令は俺の様子に未だに笑い続けていたが、ふと思い出したのか、今度は司令が怯えるように話しかけてきた。


「司令……」

俺は暗い顔でそう呟く。司令は顔を真っ青にして額には汗をびっしりとかいていた。


「我々アルビオンの大勝利です!連中の船はほとんどが沈没か拿捕。旗艦も爆沈しました!戦闘の最中、ネルソン提督が顔全体に傷を負ってしまったようですが、命に別状はなく、元気そうにしておられました。こちらが、海戦終了後の損傷と死傷者についてです。」

俺は次に、明るい笑顔で、勝利の吉報を司令に手渡した。


「なんと!」

司令は喜びあまり、俺をキツく抱き締めてしまった。

と、言うのも、昨今の国際情勢は革命派ガリアに非常に有利だったのだ。

いくらアルビオンが戦争の要となる海戦で連戦連勝だとしても、陸ではそうはいかなかった。

去年の一七九七年には、対ガリア大同盟の主要国の一つ、オストマルクオーストリア軍はビタリアイタリアの北部にてガリアに大敗。

最終的に対ガリア大同盟を脱退させられる結果となった。

また、その数ヶ月後には三年前に俺たちも輸送に従事した、メーヌ=エ=ロワールの反乱──もとい、ヴァンデの反乱も鎮圧され、残されたエドワードらアルビオン将兵も命辛々の退却を余儀なくされた。

そんな暗いニュースの中届けられた、ガリア将兵四万人を天才ナポレオンと共にマスルエジプトに閉じ込めたことは、まさに吉報であったのだ。


「手放しでは喜べない損害もあるようだが……我が方の圧倒的勝利であることに変わりはない。──それで、その目は……?」

司令は戦果と損害の書かれた紙を軽く見てから、ふと思い出したように、まじまじと片目の俺を見つめた。


「ええ、ガリアの旗艦が爆沈した際、破片が直撃してしまいまして。右目こそ無事でしたが、左目は最早二度と──」

俺はできるだけ平静を装ってそう言う。

──が、どうしても、最後の言葉だけが口から出ず、音の無い微かな空気となる。 


「そうか……いや、済まない。そう言う事があったばかりなら……色々思うところもあるだろう。そうだ、明日までに本国宛に戦闘報告書やら何やらを用意しよう。君は向こうで療養していなさい。」

司令は『悪い事を聞いてしまった』とばかりに頭を掻きながらそう言った。

結局のところ、ああいう風に俺に厳しく言ったのも、こうやって俺のことを気遣ってくれるのも、司令なりの優しさなんだなんだと感じる。

──しかし


「ご心配には及びません。我が艦の──いえ、私の婚約者は非常に腕の良い外科医ですので。ご命令とあらば、今すぐにでも出港しましょう。」

俺はそんなちっぽけな事で簡単に止まる事は許されない。何も問題が無いのに、本国でのうのうと暮らすなんてことなど、もっての外だ。


「なるほど、では命令だ。ファインズ=クリントン君、今すぐその足で自分の艦に戻り、よく寝ろ。そして明日の朝、儂から報告書を受け取って本国に行き給え。繰り返すが、これは命令だ。」

司令は有無を言わさぬ視線と物言いで、それだけ言うと俺に背を向け、去って行った。


__五月三一日、アルビオン本国ロンドン、バッキンガム・ハウス


一週間前の五月二四日にプリマス港に入港した俺たち一行は、その日の内に上陸を果たし、第一海軍卿並びに本国艦隊の司令に戦闘報告書を手渡した。

その後、今後の事などを真剣に話し合った後、最大の難関とも言える、皇帝陛下への結婚の許可を得る為、ここバッキンガム・ハウスへと参じたのだ。


「ああ我が愛しのソフィー!よくぞ革命軍連中の手から戻って来てくれた!」

皇帝陛下は、これからどんな報告が待ち受けるかも知らず、ただ娘の帰還を祝った。


「クリントン君も、戦傷の事は残念だったが……ともかく、よくぞ無事でいてくれたな。」

緊張で固まる俺を全くと言っていいほど気にせず、皇帝陛下は気楽──と言うよりただ単に幸せそうに話しかける。


「あ、ありがとうございます。皇帝陛下。」

俺は表情を隠すため、深くお辞儀をする。


「何をそこまで緊張している?まあ、こうして会うのも数ヶ月ぶりだからな。無理も無い。今日は宿は取ってあるのかね?」

皇帝陛下はなお、楽しそうに問う。


「え、ええ。近くに友人の邸宅が御座いますので。」


「ふむ、それは残念だ。妻も、ソフィーや君が帰ってきたと聞いて、とても喜んでおったからな。今日は野暮用でいないが、まあ数日はここロンドンにいる気だろう?妻にも顔を見せてやってくれ。」

皇帝陛下は、一通り言いたいことが済んだようで、満足そうに笑った。


「あ、あの!」

俺は皇帝陛下を引き留める。


「うん?何か?」

皇帝陛下は至極不思議そうにこちらを振り向いた。


「そ、その、皇女殿下との事でして。」

俺がそこまで言うと、皇帝陛下は鋭く、怪訝な目つきで俺を睨んだ。


「うちのソフィアと、何か?」

余りの先程との声色の差に、俺と、隣に立つソフィーは戦々恐々し、一瞬だけ怯む。


「どうか、ソフィア王女殿下と婚約させて頂くことを認めていただきたいのです!」

俺は即座に体を屈め、土下座の姿勢を取る。ソフィーも、見様見真似で似た様な形になる。

これが日本の奥義だの何だの冗談を言っている場合では無いが、要するに、そう言うことだ。


「お、面を上げよ。」

今度は、逆に圧倒された皇帝陛下が後退りする。


「わ、私は……初めから、何もかも判っていた。君が今日、そうやって私に頼み込むことも。そして、君が他にも数人、婚約をしていて、それに関しても私に頼むことも。」

皇帝陛下は、一通の封筒を懐から取り出しながら、そう語り出した。


「ジャーヴィス提督からの書簡に、そう書いてあった。そして、こうもだ。『彼らの婚約に関しまして、私から言えることただ一つ、決して、彼らの確固たる決意と信念を、踏み躙ることがないよう、この場で強く、進言させていただきます。』と、言うことだ。

アルフレッド・ファンズ=クリントン海佐、君はたった今、良き上司の存在と、良き義理の父の存在を知ったのだ。」

皇帝陛下は──いや、俺の新たな義父ちちは、優しく微笑んだ。


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 どうも、エドワード・スペンサーの姓をアシュリー=クーパーに変えるとともに、爵位もシャフツベリ伯爵公子に変更しました。

 投稿頻度ボロクソ作家ことhi9h1and3rsでございます。

 どうかこんな作者のモチベと、作品継続の為を思って、ご評価の程よろしくお願いいたします(n+1回目)

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 次回 愛する者を守るには お楽しみに!

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