第27話助平親父、大将軍になる
明け方、おれは李氏と向かい合っていた。
もちろん、おれは戦袍と甲冑を、李氏も衣服を身につけて、だ。
そこへ、扉を叩く音がした。
おれと李氏はその音に、揃ってくぎづけになる。
なぜなら叩く回数や間隔が、おれと李氏が決めた通りのものだったからだ。
おれは扉の前に歩いて行き、誰何した。
「誰だ」
「昇だよ」
おれの息子か。
おれは扉を開けた。
昇が無表情で立って、おれを見上げる。
「どうして、おれと李――母さんの決めた叩き方を知っている」
「ゆうべ、聞いたから」
なんという物覚えの良さだ。おれは舌を巻いた。
「何の用だ」
「朝ごはんできたから若と母さんを呼んで来てって、姫さんに頼まれた」
「そうか。では行こう」
「母さんは?」
李氏がおれの隣に来た。
昇は、初めて笑顔になった。
「母さん。ごはんできたって。行こう」
李氏もほほえむ。
「ありがとう。行こう」
昇は李氏に抱きつく。
「ゆうべはおれ、一人で寝たよ」
「えらかったね。ごめんね」
「先に行ってて。おれ、父さんと行く」
昇はおれにではなく李氏だけを見て「父さん」と呼んだ。
「待ってるね」
李氏は昇の頭を撫でるとおれに一礼し、母屋へ向かった。
李氏の姿が見えなくなると、昇はおれをもう一度見上げた。
そして、真顔で言った。
「助平親父。もう来るな」
おれは結局、姫が作ってくれた朝飯を食わずに、宮室へ戻った。ゆうべ呑んだせいもある。
不思議と、昇に腹は立たなかった。
おれが昇だとしても、同じように振る舞ったと思うからだ。
昇は何から何まで、子供の頃のおれに似ている。小生意気なところも、物覚えが良いところも、一歩引いたところから物事を眺めているところも。
劉氏が産んだ昂や、卞氏が産んだ丕、彰、植、熊よりもずっと、おれは昇に愛着を覚える。
馬を走らせながら、おれは、嬉しくて、口元がゆるみっぱなしになるのを止められなかった。
宮室の一画を間借りして、おれたちは政務に当たることになった。
董承は嫌みたらしくおれに言う。
「早く貴公の仕事場を建てられよ。ここはあくまでも帝のお住まいであるからして。おっと、新たな邸を建てられるほどの蓄えが、貴公にありますかなぁ」
おれはしかし、すこぶる機嫌がいい。久しぶりに李氏と昇に会えたからだ。
董承の嫌みにおれは笑顔で応じた。
「我らにすべて任せると帝は仰せになりましたからな。まあ楽しみにお待ちなされ」
帝のその一言を董承も聞いている。だからやつは、何も言い返せなかった。
おれは、文若、仲徳、公仁と、おれたちの官職を決めた。
そのために、おれたちがこれまでしてきたことを紙に書きつらねた。
徹夜した。
「殿は寝なされ」
徹夜しても顔色ひとつ変えない仲徳が、おれを無理やり寝かせた。
「しかし、仲徳」
「上奏いたすのは殿ですぞ。ただでさえ膨大な量の文を読み上げることになるのです。寝ておきなさい」
仲徳はおれに上掛けをかぶせ、おれの肩をぽんぽんと上から手のひらで叩いた。
おれは、子供か?
文若もへろへろになりながら、おれに言った。
「お、おやすみくださいませ。あと、もう少しで仕上がりますゆえ……」
文若は寝ていないので目が血走っている。
公仁は平然と清書を続けている。
おれはしぶしぶ、目を閉じた。
すぐに、寝入ってしまった。
建安元年(196)の冬。
おれは帝におれたちが決めた官職を報告し、帝はそれを了承した。
おれは、大将軍に任じられた。
本当は許昌へ向かう前に任命されていた。今回は他の幕僚たちと一緒に正式に任命されるということだ。
そして屯田制も始めた。
最初は許昌の周りで行った。仲康たちが準備し、始まってからも気をつけて見回ってくれたため、順調に進んだ。
ところが、問題が発生した。
さて、ここから先は、文若に語ってもらうとしよう。
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