第15話兗州は戻ったが、帝への使者が足止めされた
「何か、あったのか」
子孝は口数は少ないが察しがいい。
孟徳が子孝に顔を向けた。もう眉間のしわは消している。
そして文若はこんな時、席をはずさない。
奉孝――郭嘉ならば気を利かして、すぐさま立ち去ったことだろう。
育ちの違い、なのだろうか。
これまで交わってきた人の違いも、あるだろう。
さあ、こんな時はおれの出番だ。
おれは子孝に聞いた。
「いや。おまえこそ何かあったのか」
「子廉と妙才、それに奉孝が戻ってきた」
「ほんとうか?」
孟徳と文若が揃って声を上げた。
孟徳にとって子廉と奉孝は弟みたいなものだし、文若は奉孝を孟徳に推挙した。
妙才が帰ってきたことを二人とも気にしていないようだ。
妙才は、放っておいても問題ない。
ここにいる誰もが、もちろんおれも含め、そう思って疑わない。
どれ、しかたない、おれが気にかけてやろうか。
「妙才のやつ、また子廉と張り合って、喧嘩になっていないだろうな?」
子廉と妙才、それに奉孝は、同い年だ。
妙才は子廉に勝ちたい。勝っていたい。
しかし子廉は、むきになる妙才を、まるで気にしない。
おれはこんなふうに、周りの連中の様子が「見えて」しまう。
面倒見がよい、と、よく言われているのだが。
ひとまずおれたちは、外へ足早に向かった。
「孟徳兄!」
子廉の顔が、ぱっと明るくなる。
それとは反対に、妙才は、まずいものを食ったような顔をしている。
「我が君、ただ今帰還いたしました」
奉孝が愛想よく告げた。
仲康――許褚を新たな仲間として迎えたあとだ。
呂布が徐州に逃れたあと、おれたちは三手に分かれた。
孟徳、おれ、典韋たちは、淮・汝へ。
子廉、妙才、奉孝は、呂布に従っていた県を攻め落とす。しかも、十県以上。
子孝、文若、仲徳――程昱のあざなだ――は、ここ東阿を守る。
「その顔だと、うまくいったようだな、子廉」
孟徳がほっとしている。
子廉はにこりと笑って答えた。
「すべて攻め落としました」
孟徳もおれも文若も驚いた。
「はあ?」
子廉はにこにこしている。
「簡単でした。相手側は我々を裏切った負い目があったのでしょう。攻めたらすぐに降伏した県もありました」
妙才がしかめっつらのまま言う。
「くやしいが、ほんとうだ。打って出た連中はおれがみんな射落としてやったが」
妙才は弓矢の扱いがとてもうまい。
子廉がにやりと笑う。
「最後の一人を射たのはおれだぜ、妙才?」
「うるさいっ」
妙才は腕組みをしてぶんっと子廉から顔をそむけた。
「まあまあ、お二人とも」
奉孝が、繊細で甘い顔立ちを子廉と妙才に向けてなだめる。
そして、孟徳とおれ、文若に、奉孝が向き直る。
奉孝はほほえみながら、たすきがけにした布袋から竹簡の束を出して見せた。
「これは、我々が攻め落とした県の、県令たちの念書です。今後は我が君に従うと書かせました」
お見事。
おれは素直に、奉孝はすごいと思った。
さすがの孟徳も驚きのあまり返答が遅れたようだ。奉孝が言い終わってから、ゆっくりと言葉を発した。
「周到だな、奉孝」
「このように処置いたせば、我が君も安心なさいましょうから」
おれは文若をちらりとうかがう。
文若は奉孝にほほえみ、声をかけた。
「さすがだな、君は」
「あなたには遠く及びませんよ」
奉孝は穏やかに笑顔を返す。
孟徳は、子廉、妙才、奉孝を笑顔でねぎらった。
「礼を言う。ほんとうによくやってくれた」
子廉、妙才、奉孝も笑顔になる。
これで兗州は、おれたちの手に戻った。
「では、いよいよ帝をお迎えいたしましょう」
文若が孟徳に言った。
孟徳は文若に尋ねる。
「では、どこから手をつける」
「帝がおいでになるのは長安です。まずはそちらへ使者を送りましょう」
ところがその使者が、張楊の領内で足止めをくらった。通行はあいならぬというのだ。
さあ、どうする?
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