第14話語り手は夏侯惇へ。荀彧の予言
さて、今度はおれがあなたに話をする番になった。
おれの名は夏侯惇、あざなは元譲。
孟徳――曹操の従兄弟だ。
孟徳の親父さんが夏侯氏の出なので、だから小さい時からおれは孟徳や妙才――夏侯淵と一緒にいた。
子孝や子廉――曹仁と曹洪の兄弟が早くに親を亡くして孟徳の家に引き取られてからも、いつも一緒だった。
まあおれたちは、従兄弟だけれども、実の兄弟みたいなものなんだ。
だから、なぜおれたちが孟徳から離れないかと聞かれても、返答に困る。
おれたちが生を享けたこの中原では、周の昔から血のつながりを最も大事にしているし、人の命があなたが生きる時代よりも何百倍も軽いこの戦の世では、実際頼りになるのは、血のつながった家族や親戚だ。
今、孟徳の周りは、敵だらけだ。
東に呂布、北に袁紹、南に袁術、西に董卓の残党、そして劉備たち。
袁紹や袁術といった、洛陽で宮仕えをしていた頃の仲間さえ、敵になってしまっている。
おれたちはますます、離れられない。離れるつもりもないが。
そんな孟徳は今、文若――荀彧にとんでもない提案をされ、頭を抱えている。
今日も、おれの横で、二人は問答をしている。
「帝を迎えるだと?」
「はい。我々の将兵は精鋭、いつか必ず帝のお目に止まるはずですから」
「今、帝は、董卓の残党どもにたらい回しにされている」
「帝が都にお戻りになられれば、周囲を見渡す余裕もできましょう」
「そんなのんきに構えていてよいのか」
「その間、地盤を固めればよいのです」
文若の目はきらきらしている。
端麗な男だ。背も高く、体つきも申し分ない。しかし武将には向かないな。
孟徳は頭を片手で押さえた。
「もし迎えたとして、おれたちに何ができる」
「それはですね」
文若はいったん口を閉じ、孟徳をまっすぐ見つめ、すぐに言った。
「殿が丞相になればよいのです」
「本気か、文若?」
「本気です」
「おまえたちはどうする」
「我々も帝の臣下になります」
「丞相になれなど、まるで燃えている火の上にじっと座っていろというようなものだぞ」
「我らがお支えいたしますよ」
「できるのか?」
「できますとも」
「おまえの話はすべて、夢物語に聞こえる」
「夢物語でなくなる日が来ますよ」
「なにゆえそこまでおれを」
文若は顔を真っ赤にして、声を落とした。
「あなたこそ、私が補佐すべき『王』だからです」
孟徳はさすがに眉間にしわを寄せた。
おれも思わず文若に目を向ける。
今度は孟徳が文若をまじまじと見る番だった。
「王?」
文若は笑顔でうなずく。
孟徳の眉間の縦じわがさらに深くなる。
「それはあまりにも飛躍しすぎではないか?」
おれもさすがに話に割り込んだ。
「王などと……帝の身内でもあるまいに」
「たとえですよ、たとえ」
文若はまだほほえんでいる。
「殿はいずれ、高い位におつきになる。そのためにまずは、この国を正すことです。帝をお迎えするのは、この国のあり方を正す第一歩です」
孟徳の顔は、まだ、苦々しい。
「おれがほんとうにおまえの言う通り、王にまでのぼったとしよう。おまえたちはそれでもおれから離れないと言うのか」
「はい」
「なぜだ」
「たとえ王にまでのぼったとしても、あなたは漢の官吏でいると思うからです。私の叔父は司空でしたし、父は殿と同じ済南の相でした。私自身も孝廉にあげられました。あなたからは、私たちと同じにおいがします」
「では」
孟徳は注意深く言葉を継ぐ。
「おれが漢の官吏でなくなったと、おまえが判断したならば、おまえはおれから離れる――ということか?」
文若はとたんに笑みを消した。
その目から、輝きが消える。
「――ええ。その通りです」
穏やかでない。
おれがそう感じた時、子孝が姿を現した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます