第13話張遼、劉備・関羽・張飛と語る
「あなたが、張文遠どのか」
長く美しいあごひげの男は、わしにほほえんだ。
「はい、さようですが」
「わしの名は関羽。あざなは雲長」
「あの――どこかで、お目にかかったことがございましたでしょうか」
「董卓を追撃する時に、わしらはあなたに止められました」
思い出した。
討伐軍が洛陽へ入ったので、董卓は帝をつれて長安へ逃げたのだ。
「文遠。しんがりを頼む」
董卓は丸々とした体に甲冑をまとい、わしに命じた。
丸々とした、とわしは言ったが、董卓は甲冑をつけていても動きはきびきびしている。
「承知しました」
「おまえなら安心して任すことができる。わしは帝のそばを離れられぬからな」
宮室――帝が住んでいた御殿は、焼けていた。董卓が火をつけた。
夜空を、橙色の炎が、焦がすようだ。
その炎を董卓も見上げて、言った。
「こうしておけば少しは時が稼げる。宮室がさかんに燃えておれば、討伐軍のやつら、帝を探そうとするだろうからな」
朝廷から出ると、すでに帝は馬車に乗っていた。
馬車の周りを董卓子飼いの騎兵に固めさせ、董卓自身も乗馬する。
「文遠。これに乗っていけ」
言って董卓は、兵卒に馬をつれてこさせた。
はっとした。わしの馬は、このところ調子がよくなかった。
「おまえの馬は別の兵をつけて逃がしてある。そいつはおとなしいが、我慢強い。助けになる」
「ありがたく頂戴します」
「長安で会うぞ」
馬車が始めから、速い足どりで駆けた。
董卓たちも駆ける。
そのすぐあとから呂布が続く。呂布はわしを振り返ると、手を顔のところまで上げてしばしの別れを告げた。
わしも同じようにして、董卓と呂布を見送る。
わしは新しい馬にまたがると、最後尾についた。
「追っ手が来ます」
物見が走り寄った。
「どのくらいだ」
「およそ千」
「そんなに少ないのか」
わしは兵に命じ、迎え撃つ構えを取らせた。
いつものように、わしを真ん中にして、鳥が羽を広げたように兵を並べる。
そして、突っ込んだ。
相手側の先頭は、足止めした。そいつらは、前に進めず、逃げた。
ところが、逃げるやつらと入れ替わるようにして、別の騎兵が突進してきた。
「曹」の旗。
それが、曹操だった。
徐栄がわしに言った。
「それがしが食い止めます。張将軍は太師を追ってください」
「わかった」
わしは兵をまとめて離脱した。
曹操は徐栄に打ち負かされたが、生きて逃げたと、あとで聞いた。
「あなた方も、曹操の軍にいたのか」
わしが聞くと、関羽は笑って首を横に振った。
「兄者から言われて、ひそかに加勢しただけです。すぐにあなたに追い散らされたので、加勢にもなりませんでしたが」
「ひそかに、とは」
男が歩み寄ってきた。腕が長い。
にこやかな表情をしている。なんともいえない親しみやすさを感じた。
「やあ、お久しぶりです、張将軍。おれは劉備、あざなは玄徳といいます。関さんと、そこにいる熊みたいなやつとは義兄弟なんですよ」
「聞こえましたよ、兄貴」
熊みたいなやつと呼ばれたでかい男が、劉備を睨んだ。
玄徳は、はははと笑って、熊みたいなでかい男を手でさし示す。
「張飛、あざなは益徳。熊か虎みたいに見えるでしょ。でも根はいいやつなんですよ」
確かに目鼻立ちも大ぶりだし、体だけでなく声もでかい。張飛はわしを見て、恥ずかしそうに一礼した。
「張益徳です。同じ姓です」
「それは光栄です」
関羽も張飛も人並外れた体格をしているが、劉備はやつと並んでも見劣りしない。
「な、なぜわしの名をご存じなのですか」
「おれは、一度顔を見たら忘れないんです。あなたのことを張将軍とお仲間が呼ぶのを偶然耳にして、覚えていたのですよ」
「あなたの指図で、ひそかに加勢したとうかがいましたが」
「ああ。曹さんが一人で董卓を追うなんて聞いたもんだから」
「知り人であったのですか」
「あの人とは黄巾賊の討伐で知り合ってね。おれたちのことを上奏してやるなんて言ってくれたんだけど、おれ、断っちまって。それですっきりしなかったんですよね」
そんな縁があったのか。
劉備は腕組みをして、当時を思い浮かべるように天井を見た。
「でもおれたち、ほんとは別の軍に居候してたんですよ。あからさまに加勢すると、居候してるとこにも悪いでしょ。曹さんに断ろうにも、董卓をやっつけることしか考えてないし。だから先に行って、あなたとぶつかったってわけです」
劉備・関羽・張飛の動きは、良かった。はばたくはずの羽となるわしの兵が、動くのに苦労していた。
「でも、あなたは強かったね。全然進めねえ。それでもおれ一人なんとか踏みこたえてたら、張将軍て呼ぶ声が聞こえて、偶然お顔も見えたのです」
わしは、自然と口をひらいていた。
「張遼、あざなは文遠――」
劉備がわしに笑顔を見せた。
関羽が、わしに尋ねる。
「今は、呂将軍の配下におられるのか」
「ええ」
「あなたは、誰のもとでも務まる。しかし、よりあなたを理解してくれる主君に、出会えるとよいですな」
なぜ、そんなことを言うのか?
関羽は微苦笑した。
「苦労なさっておいでのようだから」
おかしな話に聞こえるだろうが、わしは関羽から言われて初めて、自分が苦労してきたことに気がついたのだ。
気がつく余裕がないほど、夢中で戦ってきた。
「文遠」
呂布が声をかけてきた。
「今日のところは休ませてもらえるそうだ」
わしが劉備を見ると、劉備は笑顔でうなずいている。
彼らとはそこで別れた。
しかしほどなくして、劉備は袁術と戦う。そのすきに呂布は、徐州を奪った。
「なぜだ」
わしは怒って呂布にただしたが、答えなかった。
徐州は、呂布の領地となった。
劉備はその後、曹操を頼る。
そしてわしが再び劉備や関羽、張飛に会うのは、呂布が曹操の前に引き出された時のことになる。
これから先は、曹操のそばにいるやつに、語ってもらおう。
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