第11話徐州へたどり着いたものの
「行くぞ!」
わしのかけ声で、わしの兵も駆ける。
わしが生まれたのは雁門郡。
長城の重要な一角のひとつ、雁門関がある。
長城は、匈奴を防ぐために築かれた、長い長い城壁だ。
あなたたちの時代では、「万里の長城」と呼ばれているだろう。
そんな場所で生まれたわしの兵には、実は、匈奴との混血もいる。
わしも、遠い先祖をたどれば、匈奴の血が入っているかもしれない。
馬に乗るのは当たり前。
馬を走らせるのも当たり前。
相手側の騎兵の顔が、はっきりと見える。
わしは兵と、飛ぶ鳥の形をとった。
わしがくちばしの位置にいる。兵たちはわしから左右に羽になる。
突っ込んだら、羽が動く。
全速で駆け抜け、相手側の陣を抜けたら、また突っ込む。
これで相手側は分断される。
あとは呂布が動き回れば、相手側は完全に崩れる。
追撃するかしないかは、状況しだいだ。
呂布を見る。
動いているな。
戟――両刃の剣に長柄をつけた武器で、刺突している。
動きは、良い。
おれは、呂布が動けるように、相手側の連携を断ち切ることに専念するだけだ。
それがいつもの、わしらの戦いだ。
ところが、今日は、勝手が違う。
相手側の連携が、切れない。
分断した、と思ったら、他から兵が来る。
「読まれている」
わしは思わず口に出してしまっていた。
呂布が来た。すれ違いざまに言われた。
「逃げるぞ」
その横にはいつの間にか陳宮がいた。馬に乗っている。
わしはあとを追った。
城へは、帰らなかった。
東の方へ駆ける。
夜になり、天幕を張った。
呂布の天幕に呼ばれたので行くと、陳宮や、高順がいた。
高順は以前から呂布につき従っていた。
陳宮は、高順がすぐ目の前にいても、そこにいないかのように振る舞う。
高順がわしと違うのは、陳宮に何がなんでも自分の方を向かせようとするところだ。わしはそうする努力を、始めからあきらめてしまっている。
だがわしは、陳宮に、なぜわしや高順を無視するのか、聞いていない。
陳宮が呂布に言った。
「やられた」
「どうした」
呂布が尋ねる。
「取られた」
高順が陳宮の前に顔を突き出した。
「まさか――城をか」
陳宮に高順の息とつばがかかる。
陳宮は高順をまるで戸でも開けるかのようにどかした。そして呂布に答えた。
「中に、内応したやつらがいた。麦刈りをしただろう? それに紛れていたらしい」
「じゃあ、戻る城がないということか」
「面目ない」
陳宮は呂布に頭を下げた。
呂布が遠くを見る。
「どうする」
そこで高順が口をひらいた。
「徐州の劉備を頼ってはどうか」
呂布は高順の方へ顔を向け、「劉備」と口の中で言った。そして考え込んだ。
高順は呂布だけを見て続けた。
「曹操は徐州をあきらめてはおるまい。それならば劉備の援軍としてそこにいた方がいい。そして別の城へ移る」
呂布は一人言のように言った。
「劉備とは、どんなやつなのだ」
陳宮が顔を突っ込んだ。
「いまだおのれの城を持っていない。陶謙から徐州を譲られたが、しょせん、よそ者にすぎない」
だから、と、陳宮は呂布にさらに近づいた。
「徐州を狙うのは、むしろ袁術だろう。そこでまずはおれたちが袁術を防いで劉備に恩を売っておき、しかるのちに劉備を追い出せばよいのだ」
聞いているおれに、高順が地図を見せてくれた。
高順の指が徐州をさす。
指はさらに、徐州から南へ下りる。つまりそのあたりが、袁術がいるところなのだろう。
呂布はわしと高順を見た。
「呂将軍」
陳宮がまた、呂布の前に顔を出した。
呂布は、高順とわしの前にいる陳宮の体に手を当て、まるで戸でも開けるかのように、どかした。
高順はうなずいた。
わしは呂布を見る。
呂布は高順とわしに言った。
「徐州へ行こう」
徐州へたどり着いたわしらを迎えた劉備は、何とも言えない顔をしていた。
呂布はさっそく劉備と話をした。
「我らは共に田舎者から今日の地位までのぼり詰めました。私は董卓を討ったにもかかわらず、董卓を討伐する義勇軍にいた者たちを頼っても、すげなく追い返されてしまいました。劉玄徳どの、あなただけが私を、受け入れてくださった」
わしらも呂布の後ろでそれを聞いていた。
しかしそれはすべて、陳宮がこう言えと言った言葉ばかりだった。
いつから呂布は、おのれの言葉で語れない男になったのだろう。
わしは、ある、忌まわしい記憶を、思い出していた。
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