24

「アン、ゴール……?」


 耳慣れずとも聞き覚えのあるその名に、プニカはきょとんとする。

 そして弾かれたように目を見開いて指を差して声を出す。


「あ……っ! あー!」


 部屋じゅう響き渡る大声にアンゴールは笑みを崩してたじろぎ、モズは飛び立ちかけさえした。


「モリィが本で読んでたっ! 呼んでたヒト? あっ! 違う! だ!」

「君はにぎやかだな」


 "魔"なる男は苦笑いを浮かべて言った。

 捲り上がったプニカの感情は留まらない。


「なになに!? なんでいるの!? なんで来たの!? なにする気なの~!?」


 先に抱いていた不安はどこへやら、好奇の心に翡翠の瞳を輝かせて問いを連打した。

 その勢いに再びアンゴールはたじろいだ。それからどこか嫌気の差したという調子で口を開く。


「君達の望みを叶えるために来た訳だがね……」

「望みってな~に?」


 目を丸くして、素直な疑問をプニカは"魔"なる男へとぶつける。依然として好奇に煌めく翡翠の瞳で沼底を覗くような深緑の瞳が捉えられ、アンゴールはさらに困惑するはめになった。男はしばし考え込んだあとで口を開く。


「例えば、だ。プニカ、君は朝、もっと眠っていたいだろう? それを叶--」

「え?」


 ところがアンゴールの言葉はプニカによって遮られる。


「いま眠くないから朝寝たいかどうかなんてわかんないよ~」


 本当に分からないという様子で、プニカはどぎまぎ頭を抱えてしまう。しまいにはうんうん唸り出して考え込んでしまう。

 アンゴールも何を言えばよいのか詰まっていると、先にプニカが言った。


「昨日とか今朝は寝てたかったかもしれないけど、そーじゃないときのコトなんてさっぱりわかんないー!」

「は……?」


 "魔"なる男は当惑して言葉を失い呆然と立ち尽くした。


「ではなにか食べたいとか満たされたいとか、君にはなにか抱くものはないのか……?」


 辛うじて、疑問が口をついて出るに過ぎなかった。

 相対するプニカは頭を振って赤い髪を揺らしながら怒り出してしまう。


「だーかーら! いまは! わかんないの!」

「では君の望みはなんだというんだ!」


 アンゴールもまた苛立ち紛れに声を荒げた。同時に、強い空腹感を意識するところとなる。

「わかんないったらわかんない!」


 もはや喚き散らしてプニカはかっと目を見開いた。

 対してアンゴールは叱られた少年のように後ずさりした。それから一呼吸置くと、冷静になった。


「……いやすまない。つい声を荒げてしまった」

「おっきな声出したかったの?」

「ああ。君が俺の"欲"を引き出したというワケだ。おかげで腹が余計に減った」


 かぶりを振って、もううんざりしたという様子で"魔"なる男はそう言うと前へ出て相対するプニカにモズを差し出した。


「こいつを外に逃がしておいてくれ。俺にはもう必要ないからな。大丈夫、外に出るまで勝手に飛び立たないように言い含めておく」

「どーやって鳥に言うの?」

「今し方の俺の話を聞いて、理解していよう。要は声音にこのモズが分かる波を乗せただけということだ。……ほら、受け取るといい」

「波? よくわかんないや。……おっ?」


 プニカがアンゴールの言うことに首を傾げつモズへと手を近づけた瞬間、小枝のような足先が飛び移ってきて目を丸くする。

 そうして小鳥に目を奪われ、ふと気が付くとアンゴールはいつの間にか姿を消していた。

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熱の秘法の継承者たち 書庫のオオサワ @shokono-osawa

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