23

 まるで影の央へ踏み込むかのようだった。

 プニカは言い知れぬ不安を抱いたまま、そも根源の在るであろう奥の部屋へと踏み込んでいくのである。

 その部屋の風景は本来不安とはかけ離れたものである。

 ルブスが試験的に光を灯す、小さな硝子球が幾つも幾つも壁沿いの棚に安置されているのだ。

 部屋を進めば色とりどりに"熱"の灯った球があたたかに見る者の瞳を迎える。

 光はより純粋にルブスの力を投影し、吹き抜けのものと違い揺れることはなく強く灯っていた。

 いわば師の光に見守られているかのようであるのに、そこ往くプニカの胸からいやな予兆は消えることがない。

 "秘法の塔"の楕円なす構造の部屋は、端から端までを見渡すことが出来ず、左手側--やや内壁に沿う形で歩を進めるプニカは奥にあるものを計りかねた。


「お願いだからでておいで~……」


 耐えかねて上げた、姿の見えぬモズに対する懇願の声も尻すぼみに弱々しい。

 無論、小鳥から返事があろうはずもなかった。

 プニカの抱く不安は徐々に未知への、文字通り見えないことへの恐怖へとかわっていった。

 一歩踏む足の裏がおっかなびっくりを帯び、踵は今すぐにでも翻ろうとびりびりと弱く痺れる。

 やや背筋を丸め、ゆっくりと、プニカは部屋の奥壁を見渡すことの出来る半ばの位置まで至る--最奥のそこの左側には寝台があり、向かい右側には机、窓と続いた。


「……あっ!」


 思わずプニカは声を上げる。

 モズは、あたかも置物かのようにちょこんと机上に留まっていた。


「いた……よかったよ~」


 安堵をそのまま独り言ち、それからそっと一歩踏み出した瞬間のこと。

 モズはぱっと飛び立って、あっという間にプニカの赤い頭を越えて羽ばたいて行ってしまう。

 今度は声を上げるいとまもなく小鳥を追って、振り返る。


「え--?」


 翡翠の瞳を丸く見開く。

 羽ばたいたモズは、いつの間にかそこに立っている銀の髪の男の右手に留まっていた。


「やあ、プニカ」


 沼底を見るような深緑の瞳を向けながら、男は気さくに挨拶を述べた。

 本能の部分で、プニカは眼前に立つ男に不安が結実していくのを、言葉ではなく感じていた。


「あなたは……だれ?」


 警戒を強く、翡翠の瞳の奥を堅くしながらプニカは問うた。

 すれば男の口元がはにかみ、答えを返す。


「アンゴール。そう呼んでくれてかまわない」

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