口封じに般若のおもて

美澄 そら

お題【はなさないで】


 柔らかな陽が射し込むテラス席。風も穏やかで、角に置かれたモンステラの葉が心地良さそうに揺れている。

 テラス席を利用しているのは私達だけだから、つい声も大きくなって燥ぐ。こんな風に話すのは、学生の時分以来かもしれない。

 麻巳子まみこちゃんはホットのミルクティーで、私はホットのブラックコーヒー。

 二人の間には、クリームが山のようになっているパンケーキ。シェアするために取皿も予め二枚貰っている。

 麻巳子ちゃんとは高校生からの付き合いで、お互いのオタク趣味が合って、忙しくても月に一度は会って近況報告とオタ話をする。

 麻巳子ちゃんのことは本当に大好きで、この一時はかけがえのないリフレッシュタイムだ。

 SNS用に写真を何枚か撮って、カラトリーケースからフォークとナイフを取った。食べる準備に取り掛かる。

「じゃあ、パンケーキ取り分けちゃうね」

「いつもありがとう!」

 麻巳子ちゃんの取皿に、パンケーキを二枚乗せて、生クリームをたっぷり乗せる。

 麻巳子ちゃんは目をきらきらさせて、フォークとナイフを手に取った。

 私の目もきっと同じくらいに輝いていることだろう。

 なんと言ってもここのパンケーキはとびっきりもちもちのふわふわで、生クリームはいくら食べてもしつこくないので、無限に食べれるのでは、と錯覚してしまうほどだ。

 「いただきます」と二人で口を揃えて、一口大にカットして食べる。口に入れた瞬間から、二人の顔が溶けた。

「んまー」

「ねー」

 麻巳子ちゃんは口の端に付いたクリームをぺろりと舌で舐めとると、「あ、そういえばね」と口火を切った。

「この前、アザヤカさんの新作出たじゃない。あれめっちゃ良くて――」

 これはいかん。本能的にそう悟った。

 アザヤカ先生は二人が好きな作家さんだ。

 同人作家なので、定期的な活動はしていない。おまけに数量も限られていて、気付いたときにはすでに予約待ち状態になってしまっていた。

 つまり、残念ながらまだ私の手元には届いていない。

 高校生からの付き合いで、大好きな親友のたったひとつ嫌いなところ。

 麻巳子ちゃんにはネタバレ癖がある。

「麻巳子ちゃん」

「でね、でねー、アルテュスがねー」

「麻巳子ちゃん」

「ん?」

「それ以上は話さないで。ね?」

 思わずパンケーキに力いっぱいフォークを刺してしまい、生クリームがベチャッと弾けた。

 麻巳子ちゃんは顔を青くし、「ごめんね」って両手を合わせて謝ってくれた。

「ううん、大丈夫。私も読んでから語ろうね」

 そこからはまたいつも通りの賑やかなお茶会へと戻った。

 後から「私も悪かったけど、般若みたいで怖かったよ」と麻巳子ちゃんに釘を刺された。親友を怖がらせたのは申し訳ないけれど、ネタバレ回避のためなら致し方ない。





 


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