探偵が多すぎる

水乃流

ダイイングメッセージの謎

 避暑というには少し時期の早い春の終わりごろ、シーズンが始まっていないためか人の姿もまばらな別荘地の一画。ほどよく手入れされた林を少し抜けた先にある別荘は、その外観からも富裕層の持ち物であることがわかる。県警の刑事である森崎は、口の中の苦みをかみしめた。しがない地方公務員の自分では、一生こんなところに住むことはないだろう。

「まぁ命あってのものだねだがな」

「え? 何か?」

「いや、何でもないよ」

 部下の島田に答えながら、足を止めることなく屋敷の中へと入っていった。そこでは、数名の人物が彼らのことを待っていた。森崎は、再び口の中に苦いものを感じながらも、彼らに挨拶した。

「お待たせしてしまったようで、申し訳ないね──探偵さん


 事件が起きたのは、二週間前のことだった。この別荘のリビングで、頭から血を流している死体が発見されたのだ。被害者は、別荘の持ち主である須藤剛一郎(62)。発見者は、この別荘の管理を任されている老夫妻であった。彼らの通報を受け、県警はすばやく操作を開始した。何しろ須藤は、地元でも有数な名家の出身で、ここらの権力者にも顔が利く。しかも有り余るほど金を持っている。地元警察としては、早急に解決し多方面に恩を売っておきたいところだ。もちろん、逆に犯人を取り逃がすようなことになれば、どんなことになるか……捜査班は、内外からとてつもない圧力プレッシャーをかけられていた。


 現場の状況から、剛一郎を殺した犯人は裏口の鍵を壊し侵入したらしい。被害者は二人の娘たち(と彼氏)が来るのをここで待っていたところを、後ろからバールのような物で殴られたらしい。なお、犯行時刻、娘二人と彼氏はこちらに向かうために高速道路を走っていたことがNシステムの画像から判明している。

別荘内は荒らされた様子はなく、盗まれた物もなさそうだった。空き巣と遭遇して出会い頭に悲劇が起きたとも考えられるが、最初から剛一郎の殺害を目的にした犯行という線が濃い。しかし、周辺で不審者を見かけたという情報はなく、操作も行き詰まっていた。現場は、地道な捜査を続けていくつもりだったのだが、功を焦った県警上層部はとんでもない手を打った。――つまり、探偵を集めて犯人を見つけようとしたのだ。


 くだらない、と森崎は思っていたが、上が決めたことだ。とりあえず今日一日の我慢だ。


「んで。大体の状況は聞いてるけどさ、オレらを呼んだのには別に理由があんだろ?」

 小生意気な若い探偵が言った。名前は――面倒だから、探偵Aだ。

「謎あるところに探偵あり、ですかね」

銀縁めがねのインテリっぽい奴……探偵Bだな。

「私の興味を満足させるような、難しい謎だといいんだけどぉ」

 金髪ショートカットの女子高校生探偵……探偵なのか? まぁいい、こいつは探偵C。

「お嬢さんそれに坊やたち、とっとと始めましょう。刑事さんがお困りだわ」

 探偵Dの言う通りだ。ちゃっちゃと終わらせたい。

「そうしていただけるとありがたい。では、はじめようか」

 森崎は島田に合図して、資料を配った。

「マスコミに発表していないことがある。これだ」

 森崎が掲げた紙には、現場写真が印刷されていた。そこには、奇妙な文字が書かれていた。


 ハナ

  サナ

  イデ


「へぇ~ダイイングメッセージってワケか」

「被害者が死の間際に自分の血で書いたと思われる」

「これが残されていたってことは、犯人は一撃を食らわせてそのまま逃げたってことか」

「犯人が見たら、証拠隠滅するだろうしにゃ」

 探偵Fの言葉に、探偵Gが同意する。が、探偵Hは違う意見のようだ。

「いや、わざと見逃す、あるいは付け足した可能性もあるじゃろ」

「まぁまぁ、まずはここまでの情報で、それぞれの推理を披露してみませんか?」

 探偵Bの提案にうなずく探偵たち。

「では、まず私から。ここは素直に「ハナサナイデ」、つまり何か隠したい秘密を語るな、ほしいという、誰かへのメッセージなのではと思いますね。ですから、このダイイングメッセージは、犯人を指した物じゃないと推理しますね」

「話さないで? そうかな? 何かを手放さないでという意味の放さないで、あるいは距離を離さないでとも受け取るのではないかしら?」

「いずれにしても、犯人を示す物ではないのでは?」

「いや、おっさん、死に際にそんなことを書き残すかねぇ」

「三行に分かれているのが気になるにゃ」

「三行じゃなくて、縦に読めばホラ二行」

「ハサイナナデ? 人名とは思えませんねぇ」

「いえいえ、逆よ。ナナデハサイ、つまり7ナナで何かを破壊して砕くということでは?」

「ナナとは何かがわからんでは、意味がなかろうに。やはり、ここは犯人が何かをたしたのじゃよ、例えばハノリノイだったとか」

「それも意味通じねぇだろが」

 探偵たちは口々に自分たちの推理を述べていったが、どれ一つとして納得できるもの花買った。船頭多くして船山に上る、を絵に描いたようなものだ。さしずめ

「探偵多くして事件迷宮を彷徨う、というところか」

 森崎は、深くため息をついた。


 その後、警察の地道な捜査で犯人が捕まった。犯人は二人の娘とその彼氏だった。以前から被害者は娘たちの交際に反対していた。当たり前だ、二人の娘が同時に同じ男と交際するなど、親としては許せるものではなかった。犯行があった日は、剛一郎が娘たちに重要な話――ふたりを勘当し、遺産相続からはずすこと――を伝えるために呼び寄せていたのだが、それを察した二人が計画したのだという。実行犯は彼氏。Nシステムで捉えた画像に写っていたのは、精巧に作らせた彼氏のマスクをかぶったマネキンであり、実際には別のルートで別荘に行き、犯行に及んだのだ。

 犯人たち、娘の華と佐奈、そして彼氏の井戸は、証拠をつき透けられて自白した。

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