桃太郎〈桃〉

@k_sakuraba

第1話

 イザナミオへ

 ご機嫌いかがでしょうか。此度はそちら遠方海陸の方に穢らわしい妖どもが集結していると耳にし、筆を執りました。

 「邪鬼を祓いたまへ」と念を込めて桃を三つほどそちらへ送ります。ナミオは知らないかもしれませぬが、桃の実は我々に匹敵する力を有しているのです。届いた暁にはどうかそれを賢く使い、邪を祓いなさい。

 姉神


 イザヤマエ姉じゃん

 おっひさしぶり〜。え、何十年ぶり? それで送ってくれるのが桃って、お母さんじゃないんだから。果物なら実家からので足りてるよー。

 てか桃届いたけど、なんか桃の皮が何枚か流れてきただけだよ。途中で鳥に食べられちゃったんじゃない? 今時、川に流すなんて古いって! こういうのは人間にお告げとかして運ばせるんだよ。今度お魚いっぱい送るね。

 それに鬼っていっても全然いないよ〜? 大丈夫じゃない?

 可愛い妹イザナミオより


 可愛い妹イザナミオへ

 桃の皮ですって!? おかしいわね、きちんと通力を込めておいたのだけれど、最近の生き物は信心がないのかしら。皮になってしまうなら仕方ないわね、桃はやめておくわ。とにかく毎日そちらを向いて舞を披露するからきちんと受け取るのよ。

 あとお魚はやめなさい。腐ってしまうわ。

 鬼も人間も最初はそうよ。見えないような小さい規模で争いを始めるの。けれど、見ていなさい、十五年もしたら手に負えなくなるから。その時後悔しても遅いわよ。

 あ、あなたまた神無月さぼったでしょう。お土産に人参と緑茶をもらってきたから受け取りなさい。ちゃんと人間に運ばせるから。

 追伸 神無月のぜんざいは美味しいので、一度でいいから一緒に食べましょう。

 あとその名前で呼ばないでちょうだい。山へ行きたくなるでしょう。


 イザナミオへ

 ぜんざい、美味しかったでしょ。今度もまた一緒に行きましょうね。

 あと鬼の件、どうかしら。これでも私の舞は色々なものを祓うことで有名なのよ。昔、宴の場で反刻舞ったら大小正邪問わず全員消え去ってしまったの。私は神殺しよ。だからこれはここだけの秘密にしてちょうだいね。

 姉神より


 お姉ちゃん

 やばいよ、鬼たちがでっかい島占拠して大暴れし始めちゃった。もう止まんない。人間も動物もたくさん殺されちゃって、あたしも罵られてどうしようって感じで。お姉ちゃんの言うこと聞いておけばよかった。つってもあたしじゃ鬼に何かできるわけじゃないけどさ。もうどうしたらいいのか。



 そこまで読んで姉神ことイザヤマエは手の甲に顎を乗せてため息を吐いた。どれほど砕けた姉妹として有名とはいえ神様は神様だ。力を駆使し、そして人間ひいては子孫を救けてやらねばならない。自分の舞の無力さを嘆くのに必要なのは三秒でいい。次に考えるべきはこの問題をどこまで広げるかだ。親に言うか、全国的に助けを求めるか、専門家を探すか、夢で人間にお告げをするか。

 いくら神に通力というものが存在しているとはいえ、現世に関与できることは少ない。そのため親へ言ったところで何の解決にもならない。といって突然神無月の議題にするには早いし、何より神無月はこの間終わってしまったばかりだ。鬼退治の専門の神? 妖退治を生業とする人間の僧侶? 口の中で候補を転がし手紙に何度も目を通す。どうする、どうする。とにかく最も円満に解決する方法はないものか。

 そんなことを思っていると、手の中の紙がざり、とずれて、イザヤマエはふと二枚目の手紙があることに気が付いた。

「あら?」



 なーんてね! あ、これ二枚目なんだけど、先に読んでないよね? 二枚目です、これ、二枚目! 絶対一枚目に読んじゃ駄目だからね!

 で、実は桃太郎とかいう人間がぜーんぶ解決してくれちゃったの! だからこれは無事ですっていう手紙だよ。本当にやばかった時は手紙なんて出す余裕なかった。今度からこういうのは早めにするね。

 あとこれ。返すね。さすが伝説の果物、十数年も保つんだもん。ありがと。今度はきっとお姉ちゃんのこと守ってくれると思うよ。



「あの子!!」

 真っ先に出かかった言葉は罵倒だった。いや、その次に続く言葉は「馬鹿」だったかもしれないし、「無事で良かった」だったかもしれなかった。どちらにせよ、それは姉妹の間にある確かな信頼の言葉だろう。

「でも返すって何を?」

 今回の手紙には何もついていなかったし、人間からの使者もなかった。試しに封筒の中を覗いてみる。そこには紙を四つ折にしたくらいの厚さの、

「やっぱり桃、効果あったじゃない」

 乾燥されてお守りのような形に整えられた桃の皮が入っていたのだった。

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