第9話

 ひとつの国が夜にしずんだ。

 日々、殺人や傷害など、犯罪が横行した。

 夜が深くなった頃、汚された魂は、高層ビルよりとびおりた。

 寄る辺をなくした精神たちは、日夜汚れてゆき、もう澄み切ることはなかった。

 人の死体がいくつも積み上がった。

 もう、生命の灯の影すらも残っていない。


 時の流れが「夢重ねシステム」を解体していった。

 ガラクタの山でつくられたくらやみは、陽がある時間帯でも、夜のように暗かった。

 そこで、ちいさな光が点滅していた。

 とおくからみれば、銀色の蝶がはばたいているようにもみえた。


 くらやみのなか、馬によくにた、羽をもつ動物が足をおってやすんでいる。

 そのとなりには、ひとりの女性が「念写紙」にむけて、祈るように、描夢をおこなっていた。

 描かれた線は、ひとりの女の形をつくろうとした……だが、力が弱かったのか、紙はそのまえに、風化し、くらやみの奥へときえていった。

「私だって……奇跡を」

 女の頭のなかにうかぶ光景は、いつかみた、大量の銀蝶を背負うアイラの背であった。私にも――彼女のように奇跡を。

 女は涙を一粒ながすと、ふたたび念写紙を手にし、祈った。

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むゆうがく 木目ソウ @mokumokulog

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