異世界転移してしばらく経ったある日、賭け事を習うことになりました

清泪(せいな)

オレは未成年なので、ギャンブル童貞で

「ハナ差、ないで!!」


 目の前にある柵を乗り越えそうなほど前のめりに興奮して大声をあげている隣の三頭身のオッサンは、オレが異世界転移してからしばらく経って出会った商人ギルドオーナー、モウカ・リー・マッセンワさんだ。

 名前が長く商人として縁起が悪そうなので、リーさんと呼ばさせてもらってるが、リーさんは商人として接客業を主にしてる割にはその三等身のどでかい顔部分をもじゃもじゃの髪ともじゃもじゃの髭で覆い尽くしている。

 毛玉から手足が伸びてるんじゃないかとも錯覚しそうだが、丸っこい胴体がしっかりと付いている。


 そんな見た目愛らしいリーさんに連れられて、オレは今日賭場にやってきた。

 日本で言う競馬場みたいなところだが、賭けの対象になっている動物なのか魔物なのかわからないそれが、何と呼ばれる生き物なのかもよく分かっていない。

 馬面ではあるのだけど、口元に大きな嘴──リーさんが吠えてるあたり鼻らしいが──があって、足が六本生えている。

 絵心の無いやつが書く馬みたいな見た目をしていて、最初に見た時に感覚が狂って吐きそうになった。


「オイ、カイト! ボーッとしとらんと、ワシの賭けたオシク・モマケの勝ちを願ったらんかい!」


 カイトとそう呼ばれるオレだが、本名は甲斐隼人かい はやと

 何故か出会うヤツ出会うヤツに”はや”を無視されている。

 訂正しても、細かいこたァいいんだよ、とばかりに無視される。

 可哀想な、”はや”。


 オシク・モマケが個体名なのか種族名なのかもわからないが、ハナ差で競っているリーさんが賭けたそれの勝ちを願って拝んでみる。

 リーさんも何かに拝んでいるが、この世界の信仰の仕方は天に向かって両腕を交差することらしい。

 交差の形自体は自由というわけのわからない方針で、人によって十字だったり‪✕‬字だったりする。

 なので、リーさんは今天に向かって空中‪✕‬ペケ字拳をお見舞いしようと真っ最中だ。

 懐かしいな、ナムさん。

 兄貴の部屋で漫画読ましてもらったっけ。


 周りにいる他の観客も同じように‪✕‬字を天に向けていて、一斉に神様にダメ出ししてるみたいだ。

 たまにスペシウム光線を放とうとしてる客もいるので、もしかするとこの世界の神様は敵対関係にあるのかもしれない。

 なにせ何の理由か分からないけど、特別な能力なんて持たない高校二年生のオレを異世界に転移させたんだ、悪戯っぷりに嫌われてても不思議は無い。


 ビデオ判定なんてシステムも無いのにどうやってハナ差以内の接戦に勝敗をつけるのだろうか、と期待して待ってると相撲中継で見る物言いみたいな感じで、多分審判員なんだろう五人ぐらいのオッサンがレース場に出てきて話し合いだした。

 電光掲示板が無いので、審議してるよと観客にアピールする為にわざわざ出てきたのだろう。

 判定待ちの時は審って文字が出るのは、競馬漫画で知ってる。


「それにしても、カイト。緊張でもしてんのか、こんな盛り上がる場所でやたらと静かやけど」


「いや、リーさん、緊張はしてないんだけどさ、そもそもオレはあの生物がなんて名前なのもわかってないんだよ。静かにしてるわけじゃなくて、お勉強、あるいは様子見ってヤツさ」


 実際のところ異世界の多種族入り交じる人混みの中に連れてこられたのは、緊張だったが何となく強がっておいた。

 この世界はリーさんみたいな三頭身の種族もいれば、胴が全身の四分の三をしめる長身の種族もいて、逆にお決まりのエルフやらドワーフやらはいないのだが、手や足など一部分だけ長かったりと何処となくアンバランスな種族が多い。

 この世界の住人からしてみれば、オレの方がアンバランスで気持ち悪いのだとかで、首が1mぐらいある緑髪の少女に出会い頭吐かれたこともある。

 多様な姿形をしてる割に、異質は受け付けないらしくてオレはこの世界に来て見た目が理由で殺されかけたりもした。


「あ? オマエ、そういうのは最初に聞いてこいや。ウッマトモトッリトモイエヌ、を知らんとはこっちも知らんがな。オマエ、こっち来てからそこそこ経つんやろ? 荷物運びにつこてるの見んかったんかいな?」


 馬とも鳥とも言えないらしい生物のことを街で見かけたのか、記憶を辿ったがどうだったか怪しい。


「あーー、なんか頭にマスクみたいなの付けられてるアレか」


 ふと思い当たるラクダの一種かと思い込んでた動物。

 顔に長い防護外装でも付けられてるのかと思ってたが違うのか、アレ。


「そやで、何処にでもおるやろ。繁殖率がエラいことになりすぎて、駆除対象になりかけとったとか聞くぐらいやからな──ってそろそろ勝敗出るみたいやな!!」


 レース場に集まった審判員の五人のオッサンが天に向かって腕を交差している。

 神に誓った判決なんだろうとわかるのだけど、どうもわかりませんでしたと表してるみたいで笑えてしまう。


 マイクも拡声器すら無い中で、審判員オッサン五名はせーので勝ったウッマトモトッリトモイエヌの名前を大声で告げた。

 一斉に飛び散っていく負けウッマトモトッリトモイエヌ券。


 悲哀のこもった紙吹雪が舞う中で、リーさんは犬とも狼とも言えるような雄叫びを上げて勝ちウッマトモトッリトモイエヌ券を離さないで、大きく大きくその三頭身の身体を伸ばし、天に向かって空中‪✕ぺけ字‬拳をお見舞いしていた。

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異世界転移してしばらく経ったある日、賭け事を習うことになりました 清泪(せいな) @seina35

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