お布団のネプチューン
正義正義
お布団のネプチューン
皆様、お初にお目にかかります。
始めましてじゃない方はいつもお世話になっております。
私、正義正義と申します、よしなに。
私は普段、社会人として平日フルタイムで働く傍ら、お笑い芸人として仙台で11年活動している兼業芸人でございます。
普段の活動としては、仙台で開催されているお笑いライブへの出演、ライブ配信への出演、ちょっと変則的なものだと東北の大学お笑い賞レースの予選審査員なんていうものを勤めさせていただきました。
冒頭に名前と併せて書いた「よしなに」も、実はただの挨拶ではなく私が3年以上続けているギャグでございます。
いつ、如何なる状況においても使う事の出来る挨拶ギャグとなっていますので皆様も仙台にお越しの時はぜひお使いください。
手のひらをチョップするように広げて前に突き出しながら「よしなに」と叫べば貴方も立派なよしなにマスターです。
さて、今回のお話のテーマである「黒歴史」ですが、皆様は一般的に黒歴史というと人生の中でいつ頃の時期に刻まれたものをイメージするでしょうか。
大半の皆様は学生時代の出来事をイメージするのではないでしょうか。
まだまだ物事の分別もロクにつかないが故に起こしてしまった短絡的な行動。
若葉の頃を思い返して「あの頃はまだまだ青かった」とノスタルジーに浸ってみたり、時には枕に顔を埋めて足をバタバタさせてみたり。
それこそ黒歴史の醍醐味と言えるでしょう。
裏を返せば過去の失敗を「黒歴史」として俯瞰で見ることができる状態にするには、それだけ長い期間が必要だという事でしょう。
ではここで、私が今からお話しする「黒歴史」を引き起こした年齢を発表したいと思います。
29歳です。
2年前です。
孔子だったら翌年には自立している年齢です。
前置きが長くなりましたが、私の「黒歴史」についてお聞きください。
よろしくお願いいたします。
☆
2022年。
芸歴9年目、社会人としては5年目、現代社会の酸いも甘いもわかるようになってきた今日この頃。
私は一人の女性に恋をしました。
彼女の名前は、仮に「さんご」と致しましょう。
私が芸歴よりも長い期間見続けているアニメ「プリキュアシリーズ」の登場人物であるキュアコーラル、もとい涼村さんごさんから名前を拝借させていただきます。
さんごさんは、私が芸人活動を通して知り合った年下の女性。
とても良く笑う方で、気さくで接しやすくて、それでいて話の節々から様々な経験をしてきたことがわかる、奥深い魅力を持つ方でした。
彼女と出会い、話をするうちに、私はどんどん彼女に惹かれていったのです。
しかし、私はここで彼女に対してアプローチをかけることが中々できずにいました。
何故ならば、私はこれまで、彼女が出来たことが一度たりとも無いからです。
「彼女いない歴=年齢」という最早ネット上でも用いられない程チープな表現をされる存在だったのです。
そんな身空なので、女性に対するアプローチというものが私にはてんでわからない。
異性交際の経験がある芸人の後輩から恥を忍んでアドバイスを貰ったり、知人女性から女性目線の意見を貰いつつ、少しずつさんごさんに対してアクションを起こしていきました。
ライブに誘うのと併せてご飯に誘う。
一人暮らしという情報を元に、お米や食材などのプレゼントを渡してみる。
髪型を変えたらそれとなく褒める。
諸々の手段を取ってみたものの、さんごさんと私の心の距離を埋めるには中々至りません。
距離感が埋まらない要因としては、私自身の態度が原因であることは明白でした。
異性と恋愛感情を伴う付き合いを、これまでの半生で行ったことが無いという経験不足も大きな要因でしたが、それ以上に、さんごさんに対して「距離を縮めたい」と思う一方で「とにかく嫌われたくない」という臆病な感情を、それはそれは抱えていたのです。
小学校から高校に至るまで、不特定多数の異性から一方的に嫌悪の念を抱かれることが度々ありました。
その位の歳頃なんてものは、本音と建前を上手く使いこなせない純粋さをまだまだ持ち合わせた年代ですから「見た目の美醜」「体型」「話し方やクセ」等の外的な要因で簡単に相手のことを嫌うことはあるでしょう。
社会人ですら「第一印象は3秒で決まる」という話もあるくらいですから、学徒ならば尚のこと。
つまるところ、私は当時の「一方的に女性から嫌悪された」という記憶を抱えたまま29年の人生を歩んでしまっており、女性は基本的に自分に対して良い感情を抱いていない、と思ったままここまで来てしまったのです。
勿論、今はそんな一方的に嫌われることなど早々起こり得ないことだと、頭ではわかっています。
当時に比べて見た目にも気を使うようになりましたから、第一印象だってそこまで悪くはないでしょう。
しかし、青春時代に焼き付けられたトラウマというものは、鍋底のコゲの如く簡単には剥がれません。
何気ない誘いの言葉にすら、自分を傷つけないためのコーティングを何重にもかけてしまうのです。
このような薄暗さを胸に抱えたままのやり取りでは、相手に距離感を感じさせていることは間違い無いでしょう。
そして、踏み込んだ振る舞いが出来ないまま続けたさんごさんへのアプローチは、やがてとある蛮行を引き起こすことになるのでした。
☆
その日、私は酷く酔っていました。
東京で芸人活動をしている後輩がイベント出演のために宮城へ戻ってきたので、イベントの打ち上げも兼ねて仙台の居酒屋で後輩を含む数人と酒宴を開いたのです。
蛙の串焼きを筆頭に珍妙なラインナップが並ぶ、格安居酒屋のメニューを肴にハイペースで安い酎ハイを空けていく私。
酒の勢いに流された私は、後輩達にさんごさんをライブに誘う時のダイレクトメッセージの文面について相談しました。
この日、既に一度ライブの詳細はさんごさんへ送っていたので、追加で送るメッセージについて相談を試みた次第です。
まず初めに私は送信済みのDMを後輩らに見せました。
「お疲れ様です、お久しぶりです。正義正義です。
突然ですが、来週開催のライブについてご連絡です。
次のライブに漫才コンビとして出演する予定なのですが、このコンビでM-1グランプリにエントリーする予定なので色んな人にネタを見て頂いて感想を頂きたいと思いまして…もしよろしければ次のライブについて、見に来て頂けませんでしょうか?
お時間のある時にご連絡頂ければ幸いです。
よしなにです。」
この文面を見た後輩達からは一様に渋い顔をされました。
「文面が固すぎる」
「業務連絡?」
「文字から緊張が伝わってくる」
散々な評価でした。
こちらとしては文末に自分のギャグを入れ込めただけでも褒めてもらいたいところなのですが。
この内容を受けた後輩達からのアドバイスを統合すると「とにかく柔らかい印象を与えよ」というものでした。
もっと柔らかい雰囲気で、相手を笑わせるつもりで。
知らない者同士ではないのだから、気軽に送ってはどうか。
そうは言われたものの、こちとら心の十二単でコーティングされた言葉でしか相手の心を狙うことが出来ない三流スナイパー。
気軽に、柔らかく、それが出来ればこんな悲しきチキンハートマンは産まれていないのです。
どうしたものか、どうしたものか。
アルコールで鈍った脳細胞がぐるぐると演算を始めます。
私は彼女にどうなってもらいたいのか。
私は、彼女に、笑ってほしい。
とにかく笑えれば、最後に笑えれば。
ウルフルズの曲の歌詞が頭をよぎる。
そして、私はスマホを手に取り、X(当時はまだTwitter)のDM欄からさんごさんとのやり取りを開きました。
そして、頭の演算装置が導き出した言の葉をフリック入力し、送信ボタンを押しました。
そして、彼女との最新のやり取りには
「お布団のネプチューン オフトゥーン」
という一文が出現していたのでした。
もう一度言います。
「お布団のネプチューン オフトゥーン」
と送っていたのです。
意中の相手に私はネタツイを送っていたのです。
本当に今思い出しても理由がわからないのです。
しかし、本当にこの時は、この時ばかりはこれが最適解だったと思ったのです。
酒の力で心の十二単を取り払いチューニングが馬鹿になった裸一貫の脳味噌に「柔らかくて」「面白い」を掛け合わせた結果、最適解が「お布団のネプチューン オフトゥーン」だと導き出されたのです。
「好意を寄せる女性に送る『柔らかくて』『面白い』メッセージを教えてください」とChatGPTに質問しても中々この回答は返ってこないでしょう。
勿論後輩達からは大顰蹙でした。
「何のために相談したんだ」
「相手からツッコミが帰ってくるとでも思ったのか」
「ネプチューンとオフトゥーン、そんなに掛かってないのも腹立つ」
しかし、私自身はこの「オフトゥーン」に対して、酔った頭で考えたなりにある種の勝算を感じていたのです。
何せ、これまで畏まり極めたカチコチの文章しか送ってこなかった男から急に「オフトゥーン」が送られてきたのです。
ギャップ萌えとしてこれ以上のものはないでしょう。
「いや、ちょっと何なんですかこれー!?笑」とでも返事があれば御の字。
「寝不足のマーキュリー フワァーネミー」と返事があったら大金星です。
さぁて、後は彼女からの返信を待つばかり。
宴もたけなわとなり、その日は解散。
後輩からの突き刺さるような視線を背にしつつ、私はスキップしながら家路を急ぐのでした。
それから十日後。
さんごさんから返信が届きました。
そこには「返信遅れてごめんなさい、ライブも行けなくてすいません、落ち着いたらまたライブ見に行きたいです!」といった旨の内容が記されていました。
オフトゥーンがなかったことにされました。
ちなみにもうライブも終わっていました。
芸人歴9年目、彼女いない歴29年目。
2つの人生で培った全てをかけた渾身のギャップ萌えネタツイの存在は、私とさんごさんの間にのみ揺蕩う記憶の藻屑と成り果てたのです。
無論、ここで彼女を責めることは筋違いでしょう。
やけに堅苦しいお誘いの後に、前触れもなくShootされてきたオフトゥーン。
村田渚さん程のツッコミの天才でもない限り、正確に打ち返すことは出来ないでしょう。
なので、これを受けたさんごさんが、オフトゥーンの球を見逃した上で、なかったことになった時期を見計らい、一つ前の連絡にのみ反応する。
こうした対応を行ったのは至極真っ当な行動なのです。
そもそもこちらの投げつけた球が大暴投だったのですから。
目論見が失敗に終わった私にはもう、彼女からの返信に「気にしないでください」と形式的な返事を返すことしかできませんでした。
オフトゥーンの送信日時、2022年7月31日23時34分。
私が29歳の誕生日を迎えた日の出来事でした。
☆
その後の話もしておきましょう。
オフトゥーンショックが尾を引いたこともあり、それ以来アプローチをかけることもなく日々が過ぎていきました。
そんなある日、オフトゥーン送信時に同席していた後輩含む数名に、さんごさんに関する相談を持ち掛けたところ
「まずは一度、ちゃんと告白をして、自分の思いを伝えなさい」
という答えが返ってきました。
思いを伝える。
振り返ると、私の人生に「告白」の二文字が現れることはこれまでありませんでした。
クラスのガキ大将に好きな人がバレて、私の好きな人を独特の節回しで言いふらすことがミームレベルで流行っていた小学校時代。
気になっていた女子から当時エンタの神様で流行っていたスリムクラブ真栄田さんのフランチェンの物真似を「顔が似ているから」と無理やり振られて恋心が冷めた中学校時代。
マジで一度も話したことのない女子から嫌われていた高校時代。
出会いを求めて大学祭実行委員会に入ったものの、同級生女子が先輩と付き合うのを指くわえて見ているしかなかった大学時代。
29歳、遂に、一歩踏み出す時が来たのです。
図らずも、さんごさんが私の出るライブを観に来てくれることが決まっていたこともあり、私はライブ終わりに彼女を呼び出すことに決めたのです。
オフトゥーンで一度途切れた関係性、こうなりゃ当たって砕けろです。
そしてライブ当日。
ネタのウケは中々上々でしたが、そんなことはまあどうでもいい。
今は、さんごさんに思いを伝えることが、一番の優先事項だから。
終演後、エントランスへ出てきた彼女に「話したいことがある」と声を掛け、お互いの近況などを語りつつ会場裏へスムーズに移動。
そして、私は遂に、本題を切り出しました。
「好きです。」
端的に、私は、彼女への思いを伝えたのでした。
2人の間に流れる沈黙。
そして、さんごさんが口を開きました。
「ごめんなさい。」
「芸人としては、応援しているし、『よしなに』は広めたいけど、お付き合いは出来ません。」
それが、彼女の回答でした。
「『よしなに』は広めたいけど」…?
その部分に引っかかりを感じたものの、その後は努めて明るく振る舞い、彼女とは笑ってその場を別れました。
正式に恋破れた私、けれども、どこかスッキリした気持ちのまま、後輩へ結果を報告。
断りの言葉も併せて報告したところ「…『よしなに』は広めたい、けど?」と同じ部分に引っかかっていました。
「よしなに」を広めることは男女のお付き合いを始めることよりも奇特なことのようでした。
☆
これが、私が2年前に経験した「黒歴史」こと「オフトゥーン」の話でした。
芸人という生業は因果なもので、失敗談やポンコツ行動などのエピソードを笑いへ転じさせることが出来る訳で。
だからこうして、カクヨムの黒歴史放出祭という催しの場を借りて、皆さんにこの愚男(ぐだん、愚かな男のこと、造語)を笑ってもらうことで、私自身のさんごさんへの思いに一先ずの区切りを付けるべく、執筆した次第であります。
この文章を読んだ皆様の口角が1センチでも上がっていることを祈ります。
そして、もし今後、この正義正義とかいう男を見かける機会がございましたら「よしなに」を覚えてもらうと同時に「ああ、彼がオフトゥーンの…」とでも思っていただけたら幸いです。
さんごさんだけではなく、皆さんの力で「よしなに」を広めていきましょう。
以上、お付き合い頂きありがとうございました。
よしなに。
お布団のネプチューン 正義正義 @yoshi-nani44-72
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