第7話
私は海へとダイブする。
雪の寒さも、凍てついた氷の硬さもない。
あるのは潮の香りと私を取り囲む水の感触。それはセーラー服へしみ込んでいき、服を鉛へと変えていく。
ちなみに私は金づちだ。泳ぐのが苦手で、水がつま先を濡らすのさえ許せない。お風呂も結構苦手だから、シャワーで済ませることもしばしば。――そんな記憶があふれてきたのは、底の見えない水に対する恐怖の賜物なのかもしれない。
恐怖よ、私の名前はなあに?
返事はなかった。母なる海はごぽごぽと呟きながら、私を下へ下へと引きずりこむばかりであった。
白は頭上遠くへ消えていき、そして間もなく濃紺に近い黒が世界を覆いつくしていった。
周囲はまったくの暗闇。まさしく一寸先は闇。手を伸ばせども伸ばせども何もない。水をかく感覚はあるし、落ちているという感覚もある。
無限に感じられた落下は、意外にも早く終わりを告げた。
つま先が何かに触れる。ぎょっとしたのもつかの間のこと、つま先だけでなく、かかとが地面を捉え、ふわりと海底に着陸したのを肌が、髪の毛が嬉しそうに感じた。
底にたどり着いたらしいが、それにしては何も感じない。
先ほどまでののしかかるような水の重み、体が沈み込むような感覚はどこへやら、ただ闇だけが辺りには広がっており、前方にはわずかながらに光が見えた。
目を凝らせば、その光はゆらゆら揺らいでいる。ぼんやりとした左右に揺れる光。
炎。
それが灯明だと気づけたのはなぜなのか。私はその聖なる光、安らかさを感じずにはいられない小さな炎へと近づいていく。
まもなく、私はお寺に出た。
闇はいつの間にかなくなっていて、私は板張りの縁側に立っている。
正面には本堂があった。眩い装飾がかすんでしまうほどに、線香と焼香がたかれている。畳には、喪服に身を包んだ人々がおり、彼らの視線の先には袈裟を着た坊主男が座っている。彼の口からは、眠たくなってしまうような言葉が、途切れることなく続いている。その呪文のごとき言葉とともに、時折、おりんが鳴らされる。私が手にしているものなんかおもちゃにしか思えないような大きなやつだ。それがうなるたび、黒い正装たちから嗚咽の声が漏れた。
わたしはそれを眺めている。
儀式的な何かを眺めている少女を、私は眺めている。
少女。
あのツインテールでなければアイロンビーズの子でもない、また別の子である。その子はクマのぬいぐるみを抱きしめ、じっと本堂の方を、黒い人々を、お経を読み上げる男を見ていた。
そして、それを見ている私の方さえも向いた。
クリクリした瞳とかち合って、私は思わず息を呑んでしまった。まさか、私の姿があの子には見えるとでもいうのだろうか。海月女子高校でも退廃した保育園でも何も言われなかったのに?
そう思えば、体が竦んだ。
――あの子が何かを口走ったらどうなるんだろう。
だが、少女は何も言わなかった。すぐに興味を失ったのか、はたまたただの偶然だったのか。幼い視線は私から外れ、お寺近くにあふれるセミの大合唱を経て、本堂へと戻っていった。
私は力を抜き、ため息を吐く。
再び正面を向けば、リンゴンリンゴンおりんが鳴っていた。ハーモニーを奏でるように、手の中のちびおりんもゴーンゴーンと鳴りはじめるのだった。
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