仁義なき吹部

や劇帖

仁義なき吹部

 某々ぼうぼう市立第ぼう中学校では第一音楽室は吹奏楽部、第二音楽室は合唱部のシマになっている。

 この二つに挟まれる形でざっくり真ん中にある音楽教諭の待機たいき職員室は吹奏楽部の楽器庫も兼ねていて、一見すると吹奏楽部の出城でじろのようだが、教員間の力関係は合唱部顧問・花村はなむら花恵はなえの方が若干強い。

 その日、吹奏楽部顧問・蝶野ちょうの蝶爾ちょうじは花村からちょっとした嫌味混じりの苦情を受けた。吹奏楽部員と合唱部員がめた、というより吹奏楽部側が一方的に合唱部側にちょっかいをかけた形であり、一から十まで吹奏楽部側に非がある。蝶野は謝罪し再発防止に努めるむねを伝えた。

 が、常日頃からりの合わない二人のこと、それだけでは済まないのである。

「吹奏楽部はんは余裕綽々よゆうしゃくしゃくやねえ。よその部にちょっかいかけたり内ゲバしたりしながらコンクールを目指しはる、うちにはようできんわあ」




 吹奏楽はいくつものパートに分かれていて、この区分が非常に強く、ともすれば豪族集団めいた様相ようそうていする。つまり中央統治しがたい。

 放課後、各パートの部員たちが練習のために学校内に散る中、第一音楽室にパートリーダーらが召集された。言わば各パートのかしらに当たる。

「おうお前ら、内輪揉めしとらんと団結せんかい」

 開幕の恒例となっている蝶野の言にクラリネットの倉内くらうち瑞穂みずほが噛みついた。

「無茶言うなや。先生かて分かっとろうが。面子メンツ潰されたら仕舞いじゃ」

「下のもんに示しがつかんけぇ」フルートの古田ふるた茉莉まりがこれに追随する。

「まあパート間はともかく、上下関係は適度に風通し良うしといたがええよ」とオーボエの大場おおば千早ちはや。「四六時中ほぼサシで面ァつきあわせてりゃそうもなる。ならざるを得ん。じゃろ?」。ファゴットの吾郷あごう美沙みさ、コントラバスの近藤こんどうつぐみらが首肯しゅこうする。学年に一人ずつ、場合によっては隔年になりかねないが故の処世術といえる。

「女は面倒じゃのう」

 トランペットの虎辺とらべ悟史さとしが鼻で笑い、間髪入れずに倉内、古田が激昂した。

「ふざけんなやカスが、そもそもお前らが合唱のモンに要らんコナかけたんじゃろうが」

「合唱の若いのが第二理科室つこうとるのは知っとったはずじゃ。花村が吹部すいぶのことよう思っとらんのも。鉄砲玉気取るには背負しょっとるモンがでか過ぎやせんか。立場わきまえぇよ」

「何やった。具体的に言えや」。ホルンのほり啓輔けいすけが凄む。虎辺は軽くたじろぎ――その様子を見て倉内の眉間に露骨にしわが寄る(やっぱり女じゃゆうて舐めとるわ)――渋々といった体で早口に答えた。

「別に。発声練習しとったから後から真似っこしただけじゃ。『えるはぁべん』つって」

「古いわ」

「しゃらくさい真似しよる」

「四半世紀前にわしらもやっとったやつや」蝶野が嘆息した。「血は争えんな」

「先輩らぁの受け売りじゃ」。チューバの千葉ちば大輝たいきが眼鏡を外し、軽く目をこすった。「実物も知らん、意味も知らんのをもうずっとからかい目的煽り目的でやっとる。うちのモンもや。わしらの上の代から仕込まれとるからこっちがなんぼ言うても話なんざ聞きゃあせん。多分あいつらも下に教え込むわ」

「しばいたりゃあええんじゃ」

木管お前らみたいにはいかんのじゃ」

「何代分の因果じゃろうなあ」

 パーカッション(打楽器)の葉加瀬はかせしんは薄く笑い、すぐに表情を引き締めた。

「それより、はよ終わらせてくれんかの。後輩どもが練習できん」

 第一音楽室は合奏時以外はパーカッションパートの城だが、今回のように部員に占拠されている間は該当部員は外に出る。出ざるを得ない。さすがにこのやりとりの中で打楽器を打ち鳴らす度胸はあるまい。

「そういや打楽器の奴らはどこにおるんや」

「一応うちんとこに退避させとるわ。多分基礎練しとる」。近藤が答え、葉加瀬は軽く会釈した。管楽器の大枠から外れた同士の奇妙な友誼があった。

「どいつもこいつも手ぬるいわ」。サックスの索師さくし由香ゆかが鼻で笑った。「後輩なんぞ面従腹背が常、一皮剥けば噛みついてくるは当たり前よ。未来の頭でもあるんじゃからむしろそうでなければ困る」

 パートという縦割りのくびきを外して横軸、すなわち学年として見た場合、個体として存在感の強い者は歴代を通してサックスに集まりがちだ。イニシアチブを取るものから跳ねっ返りまで。少なくとも女衆はそうであり、古田、倉内も索師を相手取る時は若干の緊張を伴う。

「花形は言うことが違う」。トロンボーンの登呂とろ夏雄なつおが混ぜっ返す。これは索師が蝶野に目をつけられる前に場を収めたい流れか、とユーフォニアムの有保ゆうほ隆史たかしは判断し、「まあまあ、穏やかにいきましょいな」と場をなだめ話を逸らした。



 結局、特に何か進展があるわけもなく、口頭注意で解散の運びとなった。合奏時に蝶野から全員に向けて改めて勧告があるだろう。

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