第21話 少年兵は貴族の催しに騎士科の教官と決闘する

「あ、あの。リトは僕のボディーガードでそういう事には」

「ここにいる者皆、この娘がジュデッカの魔道具人間である事は把握している。人工的に英雄を生み出そうとなど愚かの極み」

 

 何を言っているんだ? そう言う風に伝わっているのか……リトは英雄なんかじゃない。本当は誰かを殺す事も戦う事も好きじゃない。それしか彼は知らないのに……

 

「やめてください! リトは……」

「黙れカンタービレ如きが」

 

 僕を殴ろうとしたアゼルザワー教官にリトは蒸し鶏を食べていたフォークを向ける。「こいつを殺せばいいの?」その言葉に周囲の貴族達はどっと湧く。剣聖イリアステル様は嬉しそうに、逆にアゼルザワー教官は眉間に血管を浮かべながら怒りを露わにしている。僕はそれ以上にリトはアゼルザワー教官を殺せばいいかと聞いてきた。

 要するに殺せるという事だ。

 

「ここ、舞踏場があったよな。そこで剣聖イリアステル様に匹敵すると言われているアゼルザワー教官殿とジュデッカの魔道具人間との試合をすればいいんじゃないか?」

 

 僕は止める事もできずにリトとアゼルザワー教官は舞踏場へと向かう。お腹一杯ご馳走を食べているリトはそのまま連れて行かれてしまった。

 

 誰かが言った。古代から現代に至るまで、貴族という連中は決闘が好きだ。そして僕は知っている。その決闘というものは最初から結果が見えている催しだという事。数日食事を取っていない魔物と同じく数日食事を取っていない奴隷の戦い。奴隷戦士の中で精鋭のグラディエーターを貴族の騎士が一方的に殺戮する。そんな歴史の中で生きてきた彼らはアゼルザワー教官の勝利を信じてやまないのだろう。

 

 屈強な戦士が伝説の魔剣を持っている。方やリトはフォークと骨付き肉を下品に齧ったまま失笑を買っている。

 舞踏場の2階席から皆アゼルザワー教官とリトの戦いを楽しむつもりなんだ。僕は剣聖イリアステル様を探し、

 

「イリアステル様、二人の戦いを止めてください!」

「どうしてだいアルケー君?」

「それは、こんな夜会で……」

「見ていればいい。君は君のリトがやられると思っているのかい? それともアゼルザワーくんの身を案じているのかな?」

「どっちもですよ!」

 

 僕のこの発言はイリアステル様にウケた。あっはっはと彼女は涙を流しながら笑う。どれほど面白かったのかしばらく笑い転げ、

 

「じゃあ、ベットしないかい? 君はリトに賭けなよ。私は一応騎士科だからアゼルザワー君に賭けよう」

「なんの賭けですか……」

「そうだね。負けた方は勝った方の言う事を一つ聞く。君が望めば君に抱かれることもやぶさかじゃない」

 

 ソルは顔を真っ赤にして俯く、剣聖イリアステル様、この人は何かがおかしい。でももしここでリトが敗れたら僕が妹に会える可能性は潰える。

 

「わかりました。リトは……負けません」

「二人とも、はじめだ! お互いが降参するか再起不能になるまでやりあいたまえ!」

 

 イリアステル様の言葉を聞いてリトが、「降参、これで戦わなくていいの?」と僕、イリアステル様、そして目の前のアゼルザワー教官を見る。アゼルザワー教官の怒りは極限に達したんだろう。

 

「バルムンク抜刀! 降参などもう遅いわぁ!」

 

 リトは食べている骨付き肉をアゼルザワーに向ける。すると、骨付き肉が爆散した。あの魔道具はなんだ。特級クラスの魔道具に違いない。違いないけど……

 

「アルケー、あれブラッディ・シャワーよ。聞いたことがある。ドラゴンにダメージを与えた事があるとか、触れたものを削岩するように破壊する魔道具」

 

 小刻みに震えている刀身。リトはそれを見て僕を見てアゼルザワー教官を指差す。「殺していいの?」僕は殺しちゃダメって言おうとしたけど、「殺していいよリト」と剣聖イリアステル様がそう言った。それに「分かった」とリトはアゼルザワー教官の全身を見て走り出した。手にはフォーク。

 

「そんな物で我がバルムンクに立ち向かうか! ソードスキル!」

 

 リトに向かってアゼルザワー教官は瞬間移動したかのように突きを放つ。「??」リトが不思議そうな顔をしてリトはそれを首輪で受けて吹っ飛んだ。壁に激突する瞬間クルクルと体を捻って着地。首元に触れてリトは壁を走った!

 

「リト様壁を……走ってる」

「いや、あれは壁を走ってるんじゃなくて蹴り上がってるんだ」

 

 リトは僕ら観戦者達がいる2階フロアまで上がってくると、騎士の腰から剣を抜いた。

 

「私の剣を! か、返せ!」

 

 リトは再びふわりと身体を捻って2階席から着地する。着地の衝撃を和らげんたんだろう。リトの体からすれば長すぎるロングソードを片手で持って引っ張るようにアゼルザワーに向かって走る。

 

「剣を手に入れたからなんだと言うのだ? 剣で我とやり合うとでも言いたいのか?」

 

 リトは剣術を使えない。それにこの剣は装飾剣であって殺傷能力は極めて低い。でも、リトと誰よりも長くいた僕だからリトにはそんな事関係ないんだ。リトは単純にあのくらいの長さの道具が必要だったというだけの話。

 

「ソードスキル。ソニックスラッシュ!」

 

 アゼルザワー教官の姿が消えた。それにざわめく舞踏会場内。そんな中、リトの姿も消えた? いや、リトがいつの間にかアゼルザワー教官がいた所にいる。

 

 ブォンと言う音と共にアゼルザワー教官が現れる。目に見えない速度でリトに斬りかかったんだ! そんな攻撃をリトは回避した。リトは僕を見るとクビ元にある魔道具をツンツンと触った。リトの動きを制限する魔道具。最大限の力で縛ればリトは僕に手を引かれないと動けないくらいには拘束できる。今はリトが普通に生活できる程度に抑えているけど、この解放を要求しているんだ。

 

「ディスエンゲージ・ブラックローズ」

 

 僕の掛け声、見た目にはリトの様子に変化は全くない。ないけど、リトはぴょんぴょんと何度か飛ぶ。そして手に持つボロボロになった装飾剣を握り、アゼルザワー教官に向かった。

 

「あぁああ! この夜会の為に用意した私の剣がぁあ!」

 

 アゼルザワー教官の魔剣を防ぐ度に刀身が短くなる装飾剣……でもリトは剣術なんて出来ないのに、魔剣持ちのアゼルザワー教官のソードスキルを凌ぎながらリトはついに攻撃に転じた。魔剣を装飾剣で受け、その間にアゼルザワー教官の腕に骨付き肉の骨を突き刺した。

 

「貴様っ……」

 

 それからはリトの猛攻が止まらなかった。ポイと刀身が殆ど無くなった装飾剣を捨てていつの間にかき集めたのかフォークやナイフを大量に取り出しアゼルザワー教官に投げつけた。魔剣で防ごうとした腕におき土産のフォークを突き刺しリトは離れる。

 

「凄いねリトは、あれは弱って自ら倒れる獲物を待ってる小型の肉食獣みたいじゃないか、さらにその間に落ちている装飾剣の破片を拾ってる。しかしあのリトの動きはなんなんだい? スキルでもないのに、異様に動きが早い」

 

 剣聖イリアステル様はリトの動きを逐一僕等に教えてくれる。そして、リトとアゼルザワー教官との決闘に終わりが見えてき始めていた。それはそこにいる誰もがリトの勝利という形、それも……アゼルザワー教官がリトが言った通りここで殺害されるという未来を皆が想像していた。

 

「よもや卑怯……とは言うまい。リト殿。なんら珍しい事はない戦い方、されど我が剣術を上回り、見事としか言えぬ。恐らく次の一撃が我らの最後となる。我が奥義を持って参る。秘剣」

 

 リトはじっとアゼルザワー教官を見ると前屈み、前傾姿勢になった。リトは右手に闇の魔人剣、左手に食事用のナイフを持っている。そして、アゼルザワー教官よりも先にリトの姿が消えた。リトが仕掛けたんだ。

 

「あれはダメだね」

「えっ?」

 

 剣聖イリアステル様が舞踏場に降りると自らの剣を抜いた。それでアゼルザワー教官の魔剣を受け止め、もう片方の手には真っ白ナイフ? あれは……その白いナイフで、リトの闇の魔人剣を止めた。

 まさかの剣聖イリアステル様の横槍。流石に誰もブーイングを入れるような人はいないけれど、消化不良な空気が漂う。そして貴族達はリトの圧倒的な制圧力に魅了されていた。逆に、騎士科のアゼルザワー教官に関しては「アゼルザワー教官、強くないね」「えぇ、がっかりですわ」と言った声があちこちから聞こえてくる中、剣聖イリアステル様は距離を取って身構えているリトに白いナイフを投げて渡した。

 

「精霊の銀剣。伝説の道具の一つだよ。これをあげよう。リト、君はどうも何かが足りない。本当の君はこんなもんじゃないだろう? そんな中想像したよ。君ならどう戦うのか、短刀の二刀流……が、それも多分違う。こう、何か圧倒的に君に足りない物を感じるんだけど、今のところそれは分からない。魔法も使えず、スキルも使わず。されど、君は強い。その本質を知る前に理不尽な力(魔法)や道具で押し切られる可能性もなくはない。ならこれは私からの先行投資さ、そしてアゼルザワーくんの命を買わせてもらいたいどうかな?」

 

 決定打になった。リトの強さの前に剣聖イリアステル様が白旗を振ってアゼルザワー教官を助けた。これは嵐のように知れ渡りアゼルザワー教官はその立場を失ってしまう。アゼルザワー教官本人がそれを誰よりも理解しているだろう。

 

「別に構わない。リトは別に殺したくない」

「時にリト、アゼルザワーくんは弱かったかい?」

 

 そんな死体蹴り見たいな事をリトに何故剣聖イリアステル様は言わせるんだと思ったら、リトは「弱くない」と答える。リトは嘘は言わない。だが、これは同情にしか思われないと思った時、珍しくリトが長く話した。

 

「アゼルザワーは、リトを殺すつもりがなかった。だからリトは簡単に殺せると思った。でも、アゼルザワーの身体は硬かった。思ったより殺すのに時間がかかると思った。体も大きいのに、動きが早い。アゼルザワーがリトを殺すツモリだったなら殺すのが大変だった」

「騎士は本来、殺しをしないからね。彼はこんなリト相手に騎士の信念を曲げず、そして生存してのけた。素晴らしいよアゼルザワーくん」

「いや、我は」

「恐ろしく強かった」

 

 リトの感想。別段どういう理由もリトにはなかったんだと思う。誰かが二人の健闘に拍手が巻き起こった。それは鳴り止まない。アゼルザワー教官はリトの前で跪き。

 

「リト殿、技も、力も……心の方もリト殿が上手だった。この通り、我の負けだ」

「意味が分からない。お腹が空いた。もう食べていいの?」

 

 剣聖イリアステル様に警戒しながらリトはそう言うと、剣聖イリアステル様は太陽のような笑顔で、

 

「あぁ、いいとも! そしてアルケーくん、リト。君たち。明日、一部の優秀な騎士科と魔術師科の生徒達を連れていくゴブリン退治、参加したまえ!」

 

 ハグハグとご馳走を食べているリトの耳に届いたかは分からないけど…………僕はそれが始まる前から厄介だと確信し少しばかり閉口した。

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