第20話 少年は食べるだけで周囲に何かしら影響を与える
「今日はこちらの初級魔道具の取り扱いについて勉強していきましょう。これは試験にも必ず出題されますのでしっかりと覚えてくださいね」
僕はいくつか用意してきた魔道具の中から水を生成する魔力が込められた魔道具を僕が受け持った三人に見せて、取扱日、取扱時間、清掃、取扱終了時間、保管場所への返却。それらの順番を記載して一連の作業を三人に行ってもらう。アークくんは真面目に淡々と進め、シェリーちゃんは一つの作業ごとに僕に確認をして進め、リコちゃんは、素早く作業を終える。僕を見てニコニコと笑うので、僕も笑い返す。みんな本当に優秀だ。自主学習も沢山してきたんだろう。
午前の授業が終わると、ランチタイム。授業の質問を受ける事もあるのでランチは僕らも同じ食堂でいただく事にしている。
するとリコちゃんが僕の隣に座り、
「アルケーせんせー。好きなタイプは年上ですか? 年下ですか?」
「え? リコちゃん。僕にはそういうのは……」
「アルケーせんせーかわいい」
リコちゃんはチラチラとリトを見て反応を確認しているけど、僕の前でリトがガツガツと我関せずに大量のパンを食べている。リトは普段よく食べてよく眠る。動物のような生活だ。一度必要な時は爆発したように信じられない身体能力を発揮する。リトのそんな食欲に全振りしている姿を見てリコちゃんはリトの様子を見るのをやめた。
「リトさんってー、冒険者なんですか? 騎士科の生徒を十人も一人でやっつけちゃったんですよね?」
スクランブルエッグを口一杯に頬張りながらリトは水を飲み、リコちゃんの質問に答えた。
「違う……リトは、アルケーのなんだっけ?」
「ボディーガード」
「うんそれ。全くもってボディーガード」
リトの事は学園で噂になっていた。一番下のクラスとはいえ騎士科の生徒がたった一人の同い年くらいの少年に敗北したという事実。そんなリトを見てアーク君が、
「リトさんはどうしてそんなに強いんですか? 戦闘民族か何かなんでしょうか?」
「リトはアルケーのボディーガード」
リトにはこういう問答は苦手らしくおうむ返しのように同じ事を言う。本人はそれが全然怪しくないと思っているから困ったものだ。カンタービレ科の生徒たちがリトに怪訝の表情を向けた時、助け舟を出してくれたのはソルだった。
「みんな、リト様の事をあんまり詮索しない! こうして同じ場所で食事が取れるだけでも私もみんな奇跡みたいな時間なんだからね。リト様は自分の仕事の時に全力を出せるようにこんなに食事を取ってるのもまたリト様の仕事なんだから」
「うん、全くもってその通り」
ソルがいいように解釈してくれるのは本当に助かる。リトはその後、僕ですら驚く程の量のお昼ご飯を食べて、オヤツの時間も果物やビスケットとミルクを堪能し、そしてみんなが午後の授業が終わる頃まで静かな寝息を立てて眠っていた。きっと世間のボディーガードの人が見たら卒倒するような働き方だろう。
“「「「アルケー先生、ソル先生、今日もありがとうございました!」」」“
「こちらこそお疲れ様! みんなちゃんと今日の復習と宿題をして休みなさいよ!」
ソルがそう言ってみんなを寮に返す、夕食も一緒に食べたいと言われたのだけど、今日僕とソルは夜会に呼ばれている。僕らは剣聖イリアステル様の招待客なのでお迎えがあるらしい。
僕らは迎えが来るまで翌日の授業についてソルと打ち合わせをする。そんな中でソルが……
「アルケー。私、ここで授業をしていてカンタービレを育てるという事があってるかなって思えるくらい講師をするのが楽しいわ」
「うん僕も楽しいよ。みんないい子だしね」
でも、僕みたいな人間はあまりこういう場にはいない方がいい。僕は血塗られた人間だし子供達に長い事関わっちゃいけない。
それは僕が一番分かってるし、据わった目でリトが「アルケー、お腹が空いた」とさっきから何度も空腹を訴えてくる度、リトの機嫌が悪くなると共に殺意を感じてる。僕は平気で人の命を殺めるリトと共に生きている。
許されるわけがない。
カンタービレの教員寮に上質なタキシードを着た男性が僕らを迎えにやってきた。僕は安堵してリトに「もうすぐご飯食べられるよ。我慢してね」ギロりと僕を睨むリト。「……わかった」と重い腰を上げて男の子なのにソルに用意してもらった夜会用のドレスに身を包んでいる。これには理由がある。僕はゴールドランク授与の際、サリエラ先輩に買ってもらったスーツ。
ソルはお嬢様らしく赤いドレスが似合うな。今回、リトには首輪型のブラッリトーズとネックレス型のネロ・サンフラワーのみを取り付けている。どちらもリトの動きを制止させる事ができる夜会でリトが何か問題を起こす事は止められる。それにジュエリーのようで可愛いとソルのお墨付きだ。
馬車なんて大袈裟だと思っていたけど……夜会の場所は馬車でしばらく走った先にある。エゼルグリン高官学校から離れた場所。
「何あれお城?」
「えっと、あれが夜会の会場なんだよね」
「さすがはエゼルグリン高官学校の上層貴族達の夜会場ね。私も王侯貴族のパーティーに何度かお父様について出席した事があるけど、これほどの会場は見たことがないわ」
貴族のソルでも初めてだって言うんだから相当なんだろうな。馬車は玄関の長い階段前に停車するとそこで僕らは降り会場に向かって続くレッドカーペットを歩く。やばい……緊張してきた。心臓の鼓動が速くなる。こう言う時はソルを見よう。そ、ソルもめちゃくちゃ緊張してる……
「早く入ってご飯を食べよう。アルケー、ソル」
「ク、リト様……堂々として素敵です。参りましょう」
剣聖イリアステル様に頂いた招待状を守衛の騎士に見せると一礼をして玄関の巨大な扉を開けてくれる。
それは……かつて古代に存在したという宝物庫の扉のような煌びやかな世界が広がっている。きっと騎士、魔術師の中でも相当上位の貴族や名のある方々なんだろう。さらには金銀の装飾をした学園関係者。それらの中心にいる剣聖イリアステル様は僕らを見つけると彼らに断りを入れてから近寄ってくる。
「やぁ、いらっしゃい。アルケーくん、ソル嬢。父君は元気かい? それに会いたかったよリトぉ!」
「お招きいただきありがとうございます」
「剣聖イリアステル様、父も会いたがっております。今宵は付き添いという身分お許しいただき光栄ですわ!」
「リトは会いたくなかった」
リトは空腹の限界がきているので冷静に剣聖イリアステル様を拒否している。確かに凄いオーラを感じるけどここまでリトが怯えるなんて本当に剣聖イリアステル様は想像を絶する強さなんだろう。剣聖イリアステル様が明らかに場違いな僕らを案内してくれる。
「飲み物はどうだい? 三人とも! ワインでいいかな?」
「リトは水でいい。お酒は感覚にぶる」
僕らをやや小馬鹿に見ていた騎士や貴族の人達がリトの発言で少し固まる。きっと彼らの耳にも届いているんだろう。リトが……騎士科で大暴れした事は当然伝わっているんだろう。
「ふふっ、じゃあジュースはどうだいリト?」
「ジュースなら飲む」
ひょいと剣聖イリアステル様から奪うようにジュースのグラスを受け取り一気飲み「美味しいかいリトぉ?」と剣聖イリアステル様の問いかけに、ペロリと舌を出して「フツー」といつも通りのリト。「このジュースが普通、君は普段何を飲ませてもらっていんだい? 気になるよ。リトの私生活」そう、僕はびびりながらも周囲の様子を伺っていた。
すると次は魔術師達がヒソヒソとリトの話をしている。剣聖イリアステル様は僕やソルよりリトに興味津々のようで嫌がるリトをご馳走が並んでいるエリアに連れて行き、あれこれと初孫に喜ぶ祖父母のようにリトに食べ物を与える剣聖イリアステル様。僕らはカナッペを食べて喜んでいるリトに同じ物を渡されたのでそれをいただく、
うん、美味い。
「リト、それは美味しいかい?」
「ううん、ふつー。あとイリアステルはどっかに行ってほしい」
「あははは! この場にいる全ての人間の中で私にそんな事を言えるのはリト、君だけだよ! ふふふ」
リトはどんな料理を食べても美味しいと決して言わないのに延々と食事をとり続ける。リトの小さい身体の何処にそんなに食べ物が入るのか……最初こそ卑しいと言われていたリトだったけど、度が過ぎると「あれ、なんらかのスキルじゃないのか?」「あの小さな身体で剣聖イリアステル様に認められているのは尋常じゃない力をためてるからじゃないかしら」「かつて戦闘民族に沢山食べる奴がいた」とか色々噂されているけどリトは食べられる時に食べ続ける習性がある。一緒にいる僕だから知っている。
ただそれだけなんだよな。ソルなんてリトの食いっぷりに目を輝かせてるし、みんなそれぞれ勝手な想像をしているんだろうな。僕が思った事、貴族の夜会ってめちゃくちゃつまらないなという事。
そんな風に思っていたからなのか……
「剣聖イリアステル殿、そちらが我が騎士科の生徒に怪我を負わせた者か?」
「ヤぁ、騎士科の上から三番目のグレートソード学級教官。アゼルザワー教官。そうだよ。彼女がリトだよ」
「そうか、次の剣術試合ではイリアステル殿に勝利を誓い技を見せたくはないが、我が騎士科がやられっぱなしと言うのは体裁が保てぬ故、リト殿。ここで立ち会っていただく。証人は多い、我が魔剣バルムンクを抜かせてもらう」
ブォンと音が響く、これは……魔道具だ。こんな夜会の場でアゼルザワー教官がリトに決闘を申し込んだ。
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