第19話 少年兵、騎士科の生徒を瞬殺し夜会に呼ばれる

 騎士科は魔術師科程広大な演習の敷地を必要としていないにしても人数が多い分カンタービレ科より遥かに広い寮を持ち、専用の訓練施設も充実していた。いくつかに別れたクラスの中、トラビスを怪我させたのは一番下位ランクの騎士科、シャープエッジクラス。

 そこでは素振りを繰り返す三十人程の生徒、そしてその鍛錬を見ている男性教官……僕は物怖じせずに彼に話しかけた。

 

「すみません」

「なんだ? カンタービレ科の臨時教官か、今は授業中だ」

「あなた方のシャープエッジクラスの生徒さんに当方の生徒が怪我をさせられました」

 

 ぴくりと反応する男性教官、そして素振りを止める生徒達に「鍛錬を続けなさい!」と一喝し、僕を面倒くさそうに見ると「それで?」と続けるので僕は単刀直入に伝えた。

 

「生徒間の喧嘩かもしれませんが、複数で一人を殴るのは騎士にあるまじき行為、該当生徒の謝罪を要求します」

「言いたい事はそれだけか?」

「それだけです」

「ならば帰れ、そんなくだらない事に付き合ってられん、それとも……報復でもしていくつもりか?」

 

 なるほど、僕は笑ってしまった。その顔を見て男性教官は不思議に思ったのだろう。

 

「何がおかしい」

「いえ、騎士道に反する行いと態度、貴方が最下位のクラスの教官である事が理解できると共にこのクラスにおける状況もたかが知れるなと思いまして」

「貴様ぁああ! もう一度言ってみろぉおお!」

 

 さて、怒らせてしまったけど、こうなればもう教官同士の代理戦争だ。なんせリトがずっと欠伸をしている。この教官とここにいる生徒達が束になってもリトの敵じゃないって事だろう。とはいえ、僕も暴力に対して暴力で解決しようなんて一番最低の考えを持っているわけじゃない。

 

「騎士道を持っているなら貴方の生徒が行った事に対してしっかりと謝罪を行うのが筋だと言っているんです」

 

 今にも殴りかかりそうな男性教官に声がかけられる。「何かあったのかい?」それはきっと面白そうな事に嗅ぎつけた獣のような嗅覚で……剣聖イリアステル様がやってきた。リトの瞳孔が開く。それに男性教官は媚び諂うように、

 

「イリアステル様、大変申し訳ございません。お見苦しいところを! カンタービレの教官が我が方シャープエッジの生徒がカンタービレの生徒を殴っただのいじめただの難癖をつけてきてですね! すぐに帰らせます故」

「いやいや、ダンブル教官殿。わざわざ出向いた者に何も持たせずに返すのは騎士道に反しはしないかい? それに彼らは私の知った仲だ! そうだそうだ! いい事を思いついたよ。君のクラスの一番強い十名、あそこにいるリトと戦わせて勝ったらこのお話は無かった事にすればいい。そしてリトを打ち取った生徒は上のクラスに昇級さ! そしてそんな生徒を育てたダンブル教官殿の事も学園に私が口添えしてあげよう」

「ちょっとイリアステル様……」

 

 突然来てさらっとそんな事を言うイリアステル様、彼女はリトと間接的に遊びたいのだろう。僕でも分かる。リトはここの生徒十名くらい瞬殺する。それでも生徒達は小さいリトを倒せば昇級、そしてダンブル教官はイリアステル様の口車に乗せられて……

 

「それで構わないな? いや、我が方シャープエッジクラスに喧嘩を売ってきたんだ。タダでは帰さん! 全員その場に座れ! そして前回試験の上位十名、立ちなさい」

 

 男の子が八名、女の子も二名立ち上がった。彼らは昇給という言葉に期待を胸に膨らませている。

 

「アルケー君側の要求は君の生徒を怪我させた生徒の謝罪要求だったね? それだけと釣り合わないな。そうだ、リトが勝てばこの学園の上位生徒陣と上位教官陣しか出席できない夜会に私が招待しよう! ご馳走も一杯あるよ」

 

 なんの事だか分からないけど、ダンブル教官が「イリアステル様、我が方が勝利の暁には是非、私めを夜会に」と懇願するくらいだから凄い集まりなんだろう。僕は全力で行きたくない。だけどリトが「ごちそう、それはいい」と僕を見て目を輝かせる。

 

「形式はそうだなぁ、なんでもありだ! 優秀な諸君ら十人でリトを仕留めてごらんよ」

 

 十対一、それだけで騎士科の生徒達とダンブル教官は優位性に勝利を確信したのかもしれない。なんせ木剣を持っている生徒達に対してリトは丸腰なんだから、リトは僕の方を向いて、

 

「これらを殺せばいいの?」

「殺しちゃダメだよ。できる限り怪我させないようにできる?」

「それは難しい」

「目潰し以外は何をしてもいい。死にかけても救護魔法士を呼んであげるからリトは好きに戦えばいいよ」

「……分かった」

 

 イリアステル様にそう言われてリトは構えている生徒達の真ん中で欠伸をした。ロングソード相当の長さの木剣を掲げてダンブル教官は「はじめ!」と開始の合図を叫んだ。

 

「あっ! 痛っ、ガッ……」

 

 リトは一番離れていた三つ編みの女の子の木剣を掴むと引っ張って体勢を崩した彼女の三つ編みを持って顔面をリトの膝に打ち付けて気絶させた。次に奪った木剣を持って近くにいる生徒を狙う。驚いたものの狙われた男の子は木剣を構えるけど、リトは手に持つ木剣の持ち手を蹴って男の子に向けて飛ばした。「え? えぇ?」

 

 飛ばした木剣を追いかけそれを男の子が捌いている間に側頭部を腕輪型魔道具で殴り飛ばした。リトはそのまま回転して残り八人に対峙する。ダンブル教官が檄を飛ばす。

 

「落ち着け、相手はたった一人だ。全員で囲んでソードスキルを使うんだ!」

 

 教官の指示に従い生徒達はリトを囲む。この距離でソードスキルなんか使われたら流石にリトもタダじゃ済まない。全員が突きの構えを取る。リトはそれを不思議そうに見つめている。リトは足元を靴でゴシゴシと動かしている。

 生徒達全員が叫んだ。

 

“ソードスラッシュ“

 ザザっ!

 

 突貫してくる生徒達にリトは足元の砂をぶっかけた。その砂に目をやられた生徒に向かって飛び込むと……リトはその生徒を盾に七本の突きを代わりにその生徒に受けさせた。

 

「あっ……あぁ……」

 

 リトの緋色の瞳が残り七人の生徒達を見つめて「あと7つ」と指さし数えている。それは生徒達からすればどれだけの恐怖だっただろう。数の優位なんて最初から無かったという事を今知ったんだろう。

 

 バキバキバキ……

 リトが木剣を折った。折れた部分は鋭利になり、骨折程度はしたかもしれない木剣が刺さりどころによっては死に至る凶器に変わった。それを見て、騎士になれるという学校にやってきた生徒達の顔面は蒼白になる。実践を経験した事がない彼らにとって、これが脅しだったとして相当な牽制になっただろうが、リトは本気で殺さない程度に重傷を負わせるつもりだ。それを剣聖イリアステル様も分かっていてこの状況を作り出した。

 

 バキバキバキ、バキバキバキ。かかってこない生徒達を見ながらリトは折った木剣からさらに凶器を量産していく。いつものリトだ。複数の刃物を持って相手を確実に仕留める。

 

「う、うわぁああああ! こんなのやってられるかー」

 

 逃げ出した一人、彼の判断は正しい。リトも逃げた者まで追おうとしない。それに続いてもう一人の女の子も後ずさる。

 

「わ、私も無理」

 

 残り五人、こうなると全員が同じく回れ右で逃げてくれれば一番なんだけど、中にはそうもいかない子が出てくる。

 

「何ビビってんだよ! 剣のリーチはこっちの方が長いんだからな! てあー!」

 

 学校で教わった通りの構えで、基本に忠実な打ち込み。きっとこれが正しいんだろう。だけど、リトはアルコスというとんでもない剣士と戦っている。今更こんな学生の剣術なんて児戯に等しいだろう。

 リトは威勢のいい学生の剣を回避すると枝みたいに細く分解した木剣だった物を握りしめた拳で学生の腕を殴った。

 

「うわああああああ」

 

 突き刺さった木剣だったもの、血が流れそれを見た学生達の悲鳴が響き渡る。これには他の学生達も木剣を捨てて逃げ出した。そう、リトによって制圧が完了したかに思えた……が、リトに殴られた少年がキレた。

 

「俺は、マルセイユ家のリッツだ。この屈辱、我がマルセイユ家の剣にてはらせてもらう! 黒髪の女、覚悟ぉお! ソードクラッシュ!」

 

 腰にさしていたサーベルを抜いた。それはリトの喉を目掛けて放たれるが、リトはそれを体捌きだけで回避して思いっきり握った拳でリッツの顔面をぶん殴った。そしてリッツが落としたサーベルを踏みつけて破壊。折れた切先を素早く拾って懐に入れた。

 

 静寂、いや、恐怖で固まっているのかもしれない。そんな中で突然響く拍手。それは剣聖イリアステル様。

 

「素晴らしい! 諸君、これが暴漢十人に襲われた時、騎士としての戦い方だよ! このゴールドランクカンタービレアルケー教官のボディーガードリトは悪の剣に落ちた私の元弟子アルコスの魂を天に返した存在だ。大いに勉強になっただろう? 是非とも私が立ち会いたいものだったが」

 

 リトはサッと僕の後ろに隠れる。剣聖イリアステル様相手だとリトは勝てないと言った。でもそんなイリアステル様が認める程にリトは強いのだろう。僕も呆気に取られていたけど、イリアステル様の次の言葉でここに来た理由を思い出した。

 

「さて、ダンブル教官。君の鍛えた生徒達の敗北だよ。騎士として約束は守りたまえ」

「あぁ……あぁ……」

 

 ダンブル教官はトラビスを殴った生徒達三人と共に僕らのカンタービレ科に謝罪しにやってきた。それだけでもソルは驚いていたのに、僕が夜会に呼ばれているのでソルにも来て欲しい事を伝えたところ……

 

「アルケー、貴方。一体本当に何者なの?」


 とただただしばらく怪しまれてしまった。リトは学生との手合わせをしてくれた謝礼としてイリアステル様より、甘い焼き菓子が届けられたので、カンタービレの学生のみんなに混じって一心不乱にそれにがっついていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る