第9話 少年兵を屋敷に放てば害虫駆除の如く、命を奪うらしい

「終わった」

 

 リトはむぐむぐとパンを齧りながらそう言った。ある意味で掃除を済ませたと言う事なんだろう。リトは手にいくつもの武器や刃物を持っている。中には庭師が使っていたであろう鋏なんかも持っている。そんなリトにセルベリアさんは問い詰める。

 

「おいリト! 私の仲間は? エルフはいたのか?」

「知らない。屋敷にいるのをみんな殺した」

「エルフを一人でも殺していたら、私がお前を殺す!」

「無理、セルベリアではリトは殺せない」

 

 リトの言葉を聞いてセルベリアさんは瞳孔を開いた。そしてリトを押しのけて屋敷に走った。

 これはまずい……

 

「リト、僕らも行こう」

「食べ物やお金を持っていくの?」

「…………っ! リトそんな事しないよ。それに勝手に物を持って行ったらダメだから。ちゃんと買ってあげるから」

「うん。アルケーがそう言うならそうする。殺して奪わなくていいならそれが一番」


 リトの手を引いて屋敷に戻る僕、リトの手は柔らかくて暖かい。この手は先ほどまで屋敷の中で殺戮を繰り返したんだろう。扉を開こうとした時、セルベリアさんが口元を抑えて出てきた。

 

「セルベリアさん……」

 

 僕を無視してセルベリアさんはリトの胸ぐらを掴んだ。セルベリアさんの表情は暗い。まさか……リトはセルベリアさんの仲間のエルフも……

 

「おいリト、どうして子供まで殺した? ぶくぶく太ったのは貴族の子供だろうよ。それに使用人の子供までみんな……生憎、私の仲間のエルフはお前に殺されるよりも前にあの屋敷の貴族に弄ばれ、ろくに食事も与えられずに死んだ死体が見つかった。だが、お前のやり方は異常すぎる」

「セルベリアさん落ち着いて!」

「アルケー、お前の相棒が何をやったか屋敷を見てこれば分かる」

「リトは」

「いいから見て来い!」

 

 僕はそう言われ、一人で屋敷に入った。血の匂いがここまで激しくするのは生まれて初めてかもしれない。いくつか嘔吐した後があるのはセルベリアさんのものだろうか? 僕もまた吐き気を催している。リトが数時間で起こした惨劇は凄まじい物だった。警備の兵は剣を抜く事なくリトに殺害されている。中には殺された事を知らずに絶命していそうな表情の死体もあった。そんな中でリトに抵抗をしなかったであろう女中や子供達の無惨な最期も多く見つかった。リトが運ばれたであろう部屋では全裸の恰幅の良い男性の死体。そしてその男性によく似た太った子供。貴族の子供だろう。父親の部屋が騒がしいから見にきたところリトに殺害されたと思われる。

 一言で言うなればそれは地獄だった。誰一人としてこの屋敷から抜け出す事はできなかった。

 僕は保護者である責任としてリトが起こした物を全て目に焼き付けて戻ってきた。

 

「どうだった?」

「悲惨な状態でした」

「リト、お前には人の心がないのか? 盗賊でももう少しマシなやり方をとる」

「誰かが生きていたらそこから足がつく、なら全員殺しておいた方が逃げる時間を稼げる」

 

 僕とセルベリアさんはリトの発言を聞いて失神しそうだった。リトが人を殺す事になんの躊躇もない事は知っていたけど、これほどまでとは僕も思わなかった。セルベリアさんは顔を真っ赤にして、

 

「命をなんと心得る!」

「命は動けるって事。屋敷に火をつけて早く帰ろう。教会の一番偉い人を殺せばいいんでしょ? それでご飯が食べられる」

 

 セルベリアさんは腰の剣を抜こうとしたが、やめた。セルベリアさんからしたらリトは絶対に許されざる破戒者なんだろう。だけど、恐らく僕と同じで天秤にかけたんだ。リトの戦闘能力はこれから転生教団の司祭達を殺すのに必要不可欠だという事。

 

「今回は私の仲間の仇を取ってくれたと言う事で剣を下ろす。リトが言ったとおり屋敷には火を放とう。そして……私の仲間達をあんな風に扱ってくれた転生教団の連中を断罪する。一人残らずな」

 

 セルベリアさんは魔法で屋敷に何箇所も火を放ち惨劇のあった死体もろとも屋敷を全焼させた。そして馬車に乗り僕らは転生教団の本拠地に戻る。報酬の支払いはいつもの方法でとか言ってたし、これを司祭に報告と共に提出する。この仕事がどれだけ評価されるのかわからないけど、魔道具に近づくチャンスはある筈だ。

 

「おいアルケー」

「はい」

「リトが熟睡してるぞ?」

「そうですね熟睡してますね」

 

 僕の膝の上でリトが寝息を立てている。そりゃ一仕事終えて疲れたんだろうけど、普通の人間の精神ならあれだけの大量虐殺をやった後にスヤスヤ眠るなんて普通は無理だろうとセルベリアさんは言いたいらしい。

 

「お前にとってリトはなんだ?」

「僕にとって……リトは、僕一人じゃどうしょうもない状況を打破してくれるボディーガードですかね」

「こいつはまともじゃない。リトは私の基準では悪そのものだ。しかも、今まで私が出会ったきたことのないタイプのな。今殺しておかないと大変な事になるんじゃないかとずっと思っている。が、世の中の悪を断罪するのに、こういう奴が必要なのかもしれないと思う私もいる。こいつは損得勘定で生きてない。速やかに命を奪う装置のようにな」

 

 セルベリアさんが自然とリトの髪を撫でようと手を伸ばした時、リトの緋色の瞳がぱちりと開く。セルベリアさんは少し躊躇したけどリトの頭を撫でる。瞬き一つせずにセルベリアを見つめているリト。

 

「信じられないくらい綺麗な黒髪だな、顔立ちも凛々しく美しい。リトの事を知らなければ何処かの王族と言われても信じたかもしれない」

「頭を撫でて何か意味があるの? よく触られるけど」

「嫌か?」

「別に」

「そうか、なら少し撫でさせろ」

「構わない」

 

 そう言ってリトは目を細める。猫みたいだ。セルベリアさん、なんだか子供を可愛がる親みたいだ。見た目は僕らとあまり変わらなく見えるけど相当な年月を生きたハズだ。もしかしたら子供もいたのかもしれない。

 

「私はリト、そしてアルケーも救ってやりたい。子供がこんな事に手を染めるなんてあってはならない」


 だったら、僕はセルベリアさんに聞いてみたい事があった。もし、僕を……僕らを救ってくれるというのであれば、叡智を知るエルフなのであれば、僕は僅かばかりの期待を込めた。

 

「あの、セルベリアさん」

「どうしたアルケー?」

「僕がこの仕事をしている理由、そしてリトが……僕の代わりに殺しを代行してくれている理由。それは異世界についてです」

「異世界……理想郷。転生教団の説いているシャンバラの事か?」

「認識としてはそうです。ですが転生教団が話しているホラ話と違って僕はこの目で見ました。異世界にいく魔道具が存在します。そしてそこで僕は弟を失った。僕がカンタービレになったのは弟を取り戻す為です。そしてこのリトは恐らく僕の弟が迷い込んでしまった世界からやってきた存在です。もしセルベリアさんが異世界について知っている事があれば教えてください。カンタービレの協会でも異世界に行く魔道具については存在を確認していませんでした。リトは言われた通りの仕事を全うできなければ危険因子として処分されてしまう。だから僕と共にいてくれるんです」

 

 僕の言葉を聞いてもリトはあくびをして興味なさそうにしている。だけど、セルベリアさんは違う。僕らの背景を知って少しばかり思うところがあるんだろう。リトの頭を撫でる手が止まり、セルベリアさんは答えてくれた。

 

「すまない。そもそも異世界というものを認識した者はエルフでもいないし、そんな魔道具も聞いた事がない。だが、何か分かれば力になろう。すまなかったリト。お前の事を何も知らないのに酷い事を言った」

「別に構わない。どうでもいい」

「お前のその緋色の瞳は一体何を見てきたんだ? 本来であれば綺麗な服を着て、甘い菓子を食べ、もっと笑っていただろうに」


 リトは手を伸ばすとセルベリアさんの頬に触れる。そして耳、一体何をしているのか僕にも分からない。リトはセルベリアさんに触れるのをやめると、

 

「リトは別に何も見ていない。ただ食べる為に殺し、水を飲むために殺し、眠るために殺して生きてきた。いくつかの国を渡り歩いたけど、別に何も変わらない。ここは少しヘンテコ。見た事ない怪物がいっぱいいて、マホーがある。だけどそれだけ」

「そうか、リト。あまり人を殺しすぎるな。戻れなくなるぞ」

「別に殺したくて殺してるわけじゃない」

「ふふっ、そうか。そろそろ転生教団の本拠地に到着するな。お前達は司祭に報告に行くのだろう? 私は教団内部にいる連中を断罪する。お前達が報告を終える頃合いを見て動くから早くしろよ。教団内部は戦場になる」

 

 セルベリアさんは皆殺しにすると言った。自分の仲間を弄んだこの転生教団を、騙されて入信している若者も多くいるだろうけど、僕にはセルベリアさんを止めることはできない。あの貴族の屋敷のような惨劇をまたみることになるんだろう。

 

 そう思っていると、リトが僕の膝から頭を上げて起き上がると、虚な瞳でこう言った。

 

「その必要はない。多分、中は大抵片付いていると思う」

「何を言っている?」

「今回同時に行動している聖騎士団の事? 彼らは僕らの報告を持って動くから、まだ何も行動は起こしていない筈だよ?」

「違う。サリエラにもらったナイフを適当な人に渡してきた。あれを持った人が勝手に暴れてると思う」

 

 闇の魔人剣……手にした者に強力なソードマンの力を与える代わりに殺人衝動を抑えられなくなる魔道具。リトはいつの間に手放したんだ……そしてリトが言っている事が正しければ……

 本拠地の門番がいない。

 

「アルケー、リト。人の気配がない。そしてほのかに血の匂いがする。扉を開けるぞ?」

 

 ガチャリと扉を開いた先、そこにはバタバタと大量の血を流している転生教団の信者達だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る