第8話 人身売買に伴い叡智の種族と出会い、買い主を殺す算段をす
「中開けてみる?」
リトにそう言われるけど、この箱は開けてはいけないと教団幹部から言われている。だけど、この中に人がいるんだったら、それを助けないというのは……僕の人理に反する。僕は箱を開けて中を覗こうとした時、リトに引っ張られた。
「アルケー、危ない」
しゅっ!
箱からは細長い刃物が飛び出した。そして箱から出てきたのは真っ白い肌に黄金の髪、そしてエメラルドグリーンの瞳をした……この種族は!
「エルフ?」
「お前達邪教徒が何をしているかよーく分かった!」
森の眷属、人里には決して姿を見せないと言われている亞人種、エルフ。そんなエルフがどうして、
「なんで捕まっていたんですか?」
「全く悪びれる事もなくそんな事を良く言える! それも洗脳の賜物か? いずれにせよ魔道具で命を削る愚かな行為、この場で私が粛清を下してやろう!」
細長い刃の剣で僕の喉を目掛けてエルフは何の躊躇もなく、狙い打ってきた。だめだ! 避けられない。
ギィイイイン!
リトが、食事時に出されていたナイフでエルフの剣をそらした。リトの反応にエルフの女の子は驚いたみたいだけど、すぐに剣を構え直した。
「ちょっと君! 馬車の中で」
「うるさい! 大罪人には死を!」
「アルケー、殺していい?」
もう! 何で君たちはそんな考えにしか至れないんだ! 僕は大声で、叫んだ!
「僕らは転生教団の実態を探る為に派遣された危険魔道具取扱者、カンタービレのアルケーと、こっちは僕の……ボディガードのリトだよ」
隠していたバッチも見せて、とりあえずこの状況を止めないとと僕はなんとか説明をする。針のように細い刃の剣を構えリトを見つめる。
「この男の言う事は本当か?」
「本当」
「そうか、だがお前。今までどれだけの命を殺めてきた? 今まで色んな下衆共を見てきたが、どれもお前程じゃない。吐き気をもよおす程の血の匂い……身体を洗ってもエルフの私には隠せんぞ?
「今までどれだけ殺したか分からないし、どうでもいい。1000人かそのくらい?」
1000人……リト、君は一体その歳でどんな世界で生きてきたの? 戦闘民族や傭兵でも生涯そんなに人を殺さないだろう。リトは冗談は言わない。食事用のナイフを握るリトはもう既にエルフを殺すつもりでいる。リトの判断は早い。狭い馬車の中で戦いが始まれば悲惨な事になる。
カラン。
エルフが剣を捨てた。リトはそれを戦意がないと判断せずに大きな隙として考える。
「リト、やめて!」
リトのナイフの切先はエルフの喉元に触れて血が滲む。されど僕の声を聞いてリトが踏みとどまってくれた。
「やめた。でもちょっと血が出た」
「……なんて殺意だ。カンタービレのアルケー」
「はい?」
「しっかりこのリトに首輪を付けておけ!」
「は、はい!」
「私はセルベリア。見ての通りエルフだ。転生教団の連中がエルフを誘拐、そして下衆な人間に人身売買していると聞きわざと捕まって取引先へ売られ、仲間のエルフ達を探そうとした所、こうしてお前達と出会ったわけだ。目的は近しいだろう? ならば手伝え、報酬は払う」
「報酬……」
「いくらだ? 金貨で5枚も払えば、今の仕事よりも十分だろう?」
「700枚」
リトがそう言った。それにセルべリアさんは「は? 銀貨700枚? てことは金貨7枚……足元みやがって」と言うセルべリアさん。
「あの、セルベリアさん」
「なんだ? ったく金貨7枚って……」
「僕らの報酬、金貨700枚なんです」
「は? はぁあああああ? なんだよその仕事、絶対騙されてるだろ」
僕らがカンタービレとして破格の仕事を請け負っている事にセルベリアさんは最後まで信用しなかったけど、じきに貴族の屋敷に到着する。そこでセルベリアさんは元の箱に戻ろうとして……
「お前達、魔法は使えるのか?」
「いえ、僕らは魔法使いじゃないので」
「はぁ? 一応相手は貴族だ。抵抗すれば当然のごとく魔法を使ってくる。まず私が潜入して合図をしたらお前達も突入してこい。いいな?」
そう言うセルベリアさんを無視してリトが箱の中に収まる。そしてリトは一言。「あの建物の中にいるのを全部殺せばいいんでしょ? だったらリトが一人で行った方が早い。全部終われば入り口で二人を呼ぶ」
リトはそう言うとぱたんと箱を閉じた。大きな屋敷、使用人や警備の人間の数を考えれば三十人以上はいそうなのに、リトは全部殺すと言った。勝手に決めてしまった事でセルベリアさんは、
「おい! リト、勝手に決めるな! アルケー、なんとか言ってやれ。魔術師との相手はどうするんだ? そもそも魔術師と戦闘経験はあるのか? ……その顔、あるんだな?」
「名前は出せませんが高名な魔術師と」
セルベリアさんは何かを悟ったようにリトが自分の代わりに身を潜めている箱を見ながら、僕にこう言った。
「私たちエルフの中では何者かになろうとするな。という教えがある。その種として生きる事が神より与えられた一番のギフトだからな。アルケー、お前はまだやり直せる所にいると思う。この仕事を続けているとお前、いつかリトのように人ではない何かになっていくぞ。リト、私のような見た目の者は殺すなよ。分かったな?」
「分かった」
セルベリアさんはエルフである事を隠す為にローブを頭からすっぽりと被って転生教団員のフリをする。僕とセルベリアさんはリトの入った箱を抱えて屋敷に運ぶ。
「ご苦労様です」
「あ、はい」
僕は屋敷の警備の男性にそう声を掛けられるので、思わず会釈した。日常的に転生教団からこの貴族に人身売買がなされている証拠と言っていいだろう。セルベリアさんは怒りを押し殺している。
「じゃあいつも通り、ここまで運んでもらえれば後はこちらで旦那様のお部屋に運びますので。お支払いはいつも通りとお伝えください」
「わかりました。それではまた」
僕はそう言って、セルベリアさんもぺこりと頭を下げると屋敷を出る。外から見るより中に入ると街の宿屋なんて比べ物にならないくらい大きい。流石にリト一人でこの屋敷の人を全員始末するなんて不可能じゃないだろうか?
僕らは離れた所に待たせてあった馬車に乗ると、しばらく屋敷を監視していた。何か主だった動きはない。
「リトは大丈夫なのか? 案外、普通に魔法が使える警備に捕まったりしていないか?」
「ええっと、リトには魔法は通用しないハズなんですけど……多分」
教団本部から離れた事でリトに魔法が使用できなくなる特級魔道具を取り付けている事をセルベリアさんに説明するとセルベリアさんは呆然とした顔で僕を見つめ、
「それ用途が違うじゃないか。そもそも魔法使いを拘束する魔道具なんだから、前回魔術師を倒せたのは偶然に近いじゃない! このままじゃリトが危ないだろう。すぐに助けに……」
セルベリアさんがそう言った時、屋敷の方で動きがあった。屋敷の扉を開けて、一人の女性が逃げ出して……だけど、扉から鎖のような物が飛び出して女性を確保すると引きずり込まれていく。よくは見えなかったけど、鎖は赤く染まっている。
僕はリトがどんな人間かよく知っている。リトは嘘をつかない。この屋敷にいる人を全て殺しつくす気でいる。もはや屋敷の中がどうなっているのか想像もしなくない。
僕らが呆気に取られている間、リトが運び込まれて四時間程経った頃、潜入した時とは違う。高価な服に身を包んで戻って、パンを拝借したのかそれを齧りながら出てくるリトの姿だった。元の服は返り血で汚れたんだろう。
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