第6話 さようなら伝説の魔術師。カンタービレと少年兵は次の一歩を踏み出した。

 リトはアリエルを本気で殺すつもりだ。包丁を拾うと、リトは少し伸びをしている。どうしてリトはこんなにも余裕があるんだろう?

 

「アルケー、この口のマスクつけて」

 

 シュヴァルツ・ラベンダー。詠唱封じの特級魔道具。リトは魔法を使えないので、噛みつき防止に最初こそ装着させていたけど、あまり意味はなさそうなので解除していたんだった。リトはその魔道具の装着を希望してる。

 

「それはいいけど……どうして」

「いいから、これがピッタリついてた方がいい」

「分かったよ。ディスエンゲージ、シュヴァルツ・ラベンダー!」

「ん!」

 

 親指を立てるリト。シュヴァルツ・ラベンダーの効果で喋れないんだ。リトは二、三度ジャンプすると、アリエルに向かって走った。アリエルはそんなリトを見て不敵に笑う。長い詠唱の呪文、詠唱中にリトはアリエルを仕留めようと思っているんだ。僕だってその結論に至る。

 それって、結果として……

 

「ダメだ! リト! アリエルはそれを誘ってる!」

「…………」

 

 リトは僕をチラ見して再び親指を立てた。一体、リトにどんな勝算があるんだ?

 

 カチっ! アリエルが何かに触れた瞬間、

 

「長い詠唱時間を時短する方法はないのかね?」

『ファイアーボール!』

 

 !!!

 

 アリエルは、強力な魔法を詠唱中に、別の魔法を放った……どうやって……、魔導具だ。自分の過去の声を残しておく事ができて、再び発声する事ができる上級魔道具……あんな物を持ってるなんて、

 あんな不意打ちみたいな魔法、絶対に避けられない……


 いや、リトはアリエルのファイアーボールをギリギリで回避した!

 魔法を知らないハズのリトが、アリエルの行動を全て読み切った。

 

「リト、君は一体何者なんだい? どうして魔法を私が使うと気づいたんだい?」


 リトは今喋れない。

 いや、喋れたとしてもリトは答えるつもりはないと思う。リトはアリエルを殺すと言った。今もアリエルのリフレクターを腕につけた魔法封じのノワール・ガーベラで無効化にして包丁の刃をアリエルに向ける。

 

「厄介な魔道具の使い方をしてくる……本来それは拘束用の魔道具じゃないのかい? あと少し、あと少しで君たちを焼き尽くす魔法が完成する! それまではこの魔道具で」

 

 カチ……

 

『サンダーアロー!』

 

 雷の初級魔法、リトを仕留めるつもりのない牽制の魔法、だけどリトは驚いてかなり距離を取った。リトは魔法については何も知らないから驚いて上手く攻められない。

 

「リト、初級の魔法はそこまで危険度はない! だからアリエルが今、放とうとしている魔法の方が危険なんだ! だから、お願いリト」

 

 アリエルは魔道具をなん度もカチカチと押して、

 

『サンダーアロー!』

『サンダーアロー!』

 

 ダメだ! 雷の魔法がリトを恐怖させるとアリエルは勘付いたんだ。リトは怯えているのか、アリエルに近づけない。このままじゃ、僕もリトも炎の魔法に焼かれて死ぬ。

 リトは近くにある荊を掴むとそれをちぎってアリエルに投げつける。もちろんそんなの届かない。

 

「ははははは! リト、君の攻略には手こずったよ。だがアと少し、ようやく君たち危険な連中を葬って私は世の為、人の為の魔法。リザレクションの完成をする実験と研究に戻れるよ」

 

 リトはアリエルに向かって走る。

 間に合うのか?

 

「無駄だよ。君は雷の魔法に驚く癖がついている!」

『サンダーアロー!』

 

 ダメだ! またリトが下が……らない……リトはそのまま雷の魔法をその身に受けて……全く動じない。

 

「!!!! さっきまでのはわざと避けるフリしてたのか、だったら!」

 

『ファイアーボール!』

『サンダーアロー!』

『ファイアーボール!』

『ファイアーボール!』

『ファイアーボール!』

『ファイアーボール!』

『サンダーアロー!』

 

 初級の魔法でもこれだけ放たれたら、


「きゃあああ! 痛い」

 

 リトは喋られない。当然、この悲鳴はアリエルの悲鳴、一体何が……初級魔法乱射で放たれた煙が晴れる前にリトの呻き声が響いた。

 

「んんっーーーー!  んんへー!」

 

 リトからの指示、僕はリトに耳打ちされた事を実行する。

 

「ノワール・ガーベラ、エンゲージ! リト、行けるよ!」

 

 煙が晴れていく、そこに見えた光景、リトがアリエルを殺すと言った決め手、僕とアリエル、どっちが先に口を開くか、

 

「ノワール・ガーベラ、ディスエンゲージ!」

「死ぬといいよ! ブラストルファイアー!」

 

 一瞬、強力な炎がリトを包んだ。けど、そのまま炎が消える。リトは魔法無効化のノワール・ガーベラ無しで魔法を受けた。所々やけどが酷い。魔道具で口を止めたのは肺を守る為だ。リトは虚な瞳で包丁を持って、アリエルを見ている。

 

「ファイアーボール! サンダーアロー! くそ、魔法封じか! だったら」

 

 魔道具を使って魔法を放とうとしたアリエルの手を蹴り飛ばした。魔道具は遥か遠くに転がる。アリエルはこれでリトに対抗できる物がもうない。

 

「ねぇ、私がリザレクションを完成させれば多くの人を救える。命まで奪うというのは勘弁してもらえないか?」

 

 勘弁できるわけがないじゃないか、どれだけの人を殺したのか、リトが僕を見る。僕は首を横に振ると、

 

「アルケーがダメだって、アリエル。ご飯おいしかった。ありがと」

「そうかい。うん、一つだけお願いをしていいかい? 苦しまずに逝かせてくれ」

「分かった」

「死んだら悪魔とでも契約しようかな……」

 

 僕は背けてはいけないと思ったけど、リトがアリエルを殺害する瞬間を見れなかった。ただ、アリエルの命を奪った音を聞いた。

 そんな風にリトはなんの躊躇もなくアリエルにトドメを刺したんだ。

 

 アリエル・サーチャ。蘇生の魔法研究第一人者、彼女の実験で死んだ人達の事は絶対に許せない。だけど彼女は確かに多くの人命救助に活躍し、傲慢な魔術師が多い中、民衆からも王侯貴族からも好かれる魔術師様だった。

 僕も彼女のことを知るまでは尊敬し、ファンだったんだと思う。彼女の研究の為にどれだけの人が死んだのか僕には分からない。

 

 僕達は、いや……僕はそれでもこれからも多くの人を救えたかもしれない魔術師を殺した。アリエルが使っていた声を残しておける魔道具を回収し、リトに帰ろうかと声をかけようとした時、

 

 バタンと、リトは倒れた。

 

「リトぉ! そうだ。エンゲージ。シュヴァルツ・ラベンダーを解除。リト、大丈夫か?」

「……しんどい」

 

 凄い熱だ。回復魔法師にすぐに見せないと、だめだ間に合わない! 火傷がひどい、このままじゃリトが死んじゃう。

 とにかく馬車を手配して、僕はリトを連れてサリエラ先輩のいる危険魔道具取扱協会・ジュデッカへ、

 

「ハァハァハァ……」

 

 どうしたらいい。ジュデッカに戻っても回復魔法士、それも火傷の専門家がすぐに来てくれるものなんだろうか……僕に何かできる事……とりあえず魔道具を全部解除してあげた方が楽かな……

 

「そうだ魔道具……、これ使えるのかな」

 

 アリエルの詠唱の声が残された魔道具。果たしてこれで魔法が使えるのか分からないけど、これが使用できて、もしアリエルが炎のファイアーーボールとサンダーアロー以外にも回復や状態異常を治せる魔法の詠唱を残しているとすれば……

 

 恐らく五つのスイッチを押して魔法詠唱の声を残してある。まず一つ目、

 

 カチッ。

 

『ファイアーボール』

 

 魔法の素質のない僕の手から集められた魔素が形を持って放たれた。僕は魔法を使えた驚きよりも次のスイッチをカチっと押す。

 

『サンダーアロー』

 

 この二つをアリエルは多用していた。恐らく攻撃系の魔法はこれだけなんだろう。三つ目は、

 

『クリエイトウォーター』

 

 水を出す魔法。どんなところでも水さえあればしばらくは生きているから。アリエルはこの魔道具を活用していたんだ。四つ目のスイッチ、

 

 カチッ。

 

『リザレク……は流石に詠唱録音時間が持たないな』

 

 ただの音声記録。五つ目も同じような物なんじゃないか? さっきから呼吸が弱くなっているリトを見て僕は神にも縋る気持ちで五つ目のスイッチを押した。

 

『オール・ヒーリング』

 

 上級回復魔法。回復と状態異常を同時に治せる魔法だ! 僕はすぐにリトに向けて五つ目のスイッチを押した。

 

『オール・ヒーリング』

 

 リトの火傷がみるみる内に良くなっていく。そしてリトの呼吸も整って、パチリとリトは目を開ける。ケロイド状になっていたリトの皮膚も綺麗になって、リトは僕を気だるそうな目で見ると、

 

「アルケー、お腹すいた」

「水ならすぐに出せそうだけど、少しだけ我慢できる?」

「うん、お水飲みたい」

 

『クリエイトウォーター』

 

 僕もリトと一緒にお水を飲んだ。今までで一番美味しかったかもしれない。

 こうして、僕らの最初の闇バイトは終わり、バイト代として残りの金貨300枚の支払いがなされた。上級冒険者が数年以上かけて稼ぐ金額を数日間で稼ぎ切ってしまった事になる。

 三日間のお休みの後、僕とリトはサリエラ先輩のいるジュデッカに出頭命令があったので準備をしてサリエラ先輩の元に報告を兼ねて向かった。

 

 お茶とお茶菓子の準備をして待っていたサリエラ先輩は上機嫌だった。

 

「やぁ二人とも、元気そうで何よりだ。アリエル・サーチェの研究の引き継ぎも終わったし、それにいいニュースだよ。リトの有用性、強力な魔術師殺しをやってのけるスペルブレイカーとして一部の貴族連中がパトロンになってくれるって話も出ているよ。やはり名のある魔術師を殺せたのは大きかった。そうだ、今後役立つだろうから、アリエルが使っていた簡易詠唱自動化魔道具。ホワイト・パンジー。アルケーくんがこのまま持っているといい。これは上級ではあるけど、保管しないといけないくらい危険な物じゃないしね」

 

 僕はそれを受け取った。この魔道具を使う度にアリエルを殺した事を思い出す業を背負う覚悟で、リトは一心不乱にバクバクもぐもぐとお茶菓子を食べてる。サリエラ先輩が用意した物だから高級菓子なんだろうけど、

 

「リト、美味しいかい?」

「ふつー」

「口の周りにお菓子がついてるよ」


 拭いてあげると、少し気持ちよさそうな顔をしている。 

 それにしてもなんでもリトは普通って言うんだよね。そんなお茶会に僕も笑みが溢れた。


 リトの腕に刻まれた"16"の刺青。これをサリエラ先輩は見つめ、リトに尋ねた。


「リト、君がこんなにまともに話せるとは予想通りだったよ。さて、君は誰でどこから来た? 君の名前は? 故郷は? 親の名前は? 年齢は?」


 ぴたりと食べるのを止めたリトはサリエラ先輩を睨みつけ「寡黙は金」と一言、それにサリエラ先輩は「違いない。が今は食も寝床も私が提供している。代金に先程の質問に答えたまえ」

「どこから来たか分からない。名前はない。故郷はない、親は知らない。年齢も知らない」

「ほぅ」


 リトは寡黙と同じ意味しかもたない情報を言ってのけた。それにサリエラ先輩も少し驚いていた。


「なら、リト。君が話せる事はなんだい? 流暢に人間の言葉を話す魔物。というわけじゃないんだろう?」

「ゆーげき、とっこうへい、そろもん。6人目の16番目の悪魔」

「成る程、使い捨ての少年兵ってところかな? 合点がきく、とりあえず今はそれだけ聞ければ十分だ。アルケー君にも懐いてるしね」


え? リトは僕の手を握り、木のフォークを逆手に持ってサリエラ先輩を警戒してる。

 そんな様子に笑うとサリエラ先輩は話し出した。

 

「話を変えよう。いちゃついてるところ悪いけどそろそろ次の闇クエストの話をしていいかい?」

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